2012年12月10日

ブログの神様はfacebookにお怒りのようです。part

ブログの神様がまた私の前に現れてくださいました。
それは昨夜、丑三つを少し回ったころでございましょうか。私は不意に便意を催し厠へ向かったのでございます。
すると、厠へ通じる廊下の突き当たりに白い髭を蓄えたブログの髪様がいらっしゃるではありませんか。
神様はいくぶん以前よりお痩せになったようではございますがお元気そうで、私は懐かしさに思わず神様に声をおかけしたのでございます。

あ、言うまでもありませんが、ブログの神様は実在します。くれぐれも神様に失礼のないように読んでください。

 神様!お懐かしゅうございます!。お元気でいらっしゃいましたか?
 まあな、おまえも元気そうじゃないか。ブログの更新もやっと再開したようじゃな。
 はい、お陰さまで・・。試験も終わりましたので。
 ふん、試験か。おまえも物好きじゃな。まあよい。ブログの更新を再開したのは感心じゃ。
 ありがとうございます!。実は神様とはもうお会いできないかもと少し心配していたのです。
 最近はTwitterだの例のfaceナントカだの安易なツールが横行しての・・。わしも出番が少なくなったわい。
 はあ・・・、それは前回お聞きしましたが・・

私は神様のSNSへの悪口がまた延々と続くのかと思い、少し憂鬱になりました。

 心配するな。今日はSNSの悪口を言うために来たのではない。
 はい・・・、だといいのですが・・・、あ、いえ、なんでもありません。
 おまえのブログな、またランキング10位入りしたじゃろ。
 はい!。お陰さまで。あれってけっこう励みになるんですよね〜。
 あんなもの、わしがその気になれば一発じゃ。どうにでもなるわい。しかし、数年前はランキング10位内は週間アクセス1000以上が必須じゃったが、今では600アクセス台で1位か・・、やはりブログは落ちぶれたの。
 はい・・、でも神様はランキングの操作もできるなんて凄いですね!
神 あたりまえじゃ!。わしはブログの神じゃぞ。ブログランキングの神は私の下位の神じゃ。一声掛ければわしの言いなりゃ。
 はあ、そういうもんなんですか・・
 そうじゃ。まずネットの神がおっての、でその下にホームページの神、BBSの神、チャットの神、わし、Twitterの神、ま、あいつは新参者じゃがな・・、で、その下に、

神様はフローチャートまで持ち出して私に神々の説明を長々と始めました。
私ははっきり言ってその辺の事情には興味がなかったので、とても退屈な時間が流れました。

 というわけじゃ。よく分かったじゃろ。
 はい。よく分かりました。そうなってるんですね。ありがとうございました。
 ところでな、おまえに良いことをおしえてやろう。
 はい、なんでしょうか。
 おまえもやってるあのFacebookな、あれは危ないぞ。
 はあ・・、そのお話は前にも・・
 まあ聞け。まずあのタグ付けじゃ。考えてもみろ。友人ならまだいいが、たいして親しくもない知人やら、ひょっとして知人でもない奴がおまえの写っている写真に勝手におまえの名前をタグ付けできてしまうんだぞ。
 それが危ないんですか?
 おまえバカか?よく考えろ。おまえの名前がタグ付けされた写真はおまえのフィードに載るんだぞ。そうしたらおまえの「友人」全員がその写真を見るんだぞ。
 それって危ないことなんですか?
 は〜〜〜、おまえみたいなおマヌケが多いからFacebookがのさばるんだな・・。例えばだぞ、おまえが宴会で酔っ払って醜態を演じている写真にタグ付けされてみろ。
 あ、それはイヤですね。
 そうじゃろ。繰り返し繰り返し醜態写真ばかりタグ付けで流されてみろ。まるで薬物中毒の人みたいになっちゃうんだぞ。
 それは酷いですね!
 それに誰と一緒に飲んでいるか知られたくないシチュエーションもあろうが。宴会で一緒にいるメンバーを知人全員にいちいち公開されて嬉しいか?
 たしかにそれは困ります。
 それならまだマシだぞ。例えばおまえがどこぞのギャルとホテルから出てきたところの写真にタグ付けされてみろ!
 いやいや! 私はどこぞのギャルとホテルから出てきませんから!
 ふ、まあよい。仮に何かの間違いであったとしてもだぞ、世間がどう捕らえるかじゃ。間違いなくおまえの平和な日常は終了するじゃろ。
 それは終了しますね!。非常にマズいです!
 そうじゃな。マズいじゃろ。わしもビーナスちゃんと写っている写真に勝手にタグ付けされたくはないのじゃ。
 え? 神様、ビーナスちゃんとデートしてるんですか?
 まあわしの話しはいいとして、仮に事実じゃなくても合成写真でもアイコラでもなんでも使って背信的悪意者が場合によってはおまえの人生を終了させることができる。それがタグ付け機能じゃ。非常に危険なツールなのじゃ。
 それは危険ですね。よく分かりました。どうしたらいいんでしょうか!
 知らない人がけっこういるみたいだから一応言っておくがな・・、まずは、クソfacebookに近づかないことが一番なんじゃが、どうしてもやりたければ、「ホーム」「プライバシー設定」「タイムラインとタグ付け」「あなたがタグ付けされたコンテンツをタイムラインに掲載するかどうかを確認する」「オン」じゃ。
 わかりました。さっそくやってみます。
 もっとも、facebookのインターフェイスはしょちゅう変更になるな。たぶんわざとじゃ。あいつら他人のプライバシーなんていう概念ないからな。あいつら世界を乗っ取ろうとしておるんじゃ。

私は神様の極端な話しがまた始まる予感がして、ここらで話しを切り上げるのが無難かと思いました。
それにそろそろ布団に戻りたいのです。

 そうですね。今後facebookには気をつけます。今日はどうもありがとうございました。
 まあそう急ぐな。おまえこないだfacebookに疲れ気味と言っておったの。
 はあ、まあ、少し・・・。
 わしの愛するビーナスちゃんも言っておったぞ。とにかくフィードに垂れ流されてくる細かい個人情報の写真がウザイと。親しくもない知人の今日の夕食の献立とか居間に置いてあるクッションの柄など知りたくもないと。ちょーキモ〜〜い!と。
 そこまで言うのはどうかと思いますが・・・、確かにあまり知りたくはないですね。
 そういう場違いなウザい情報をシャットアウトするにはだな、「そのファッキン友人の名前にカーソル」「設定」「重要なアップデートのみ更新」、じゃ。これでほとんどの発言はシャットアウトされるのじゃ。わしなど約8割の知人はこの設定にしておるわい。

この話を聞いて、神様は本当に友達が少ないんだな・・、もっともこの性格では仕方ないな・・、と私は神様が少し気の毒になりました。
私はこれからも神様の友達でいてあげようと思いました。
でもいい加減身体も冷えてきて寒いし、布団に戻りたい気持ちがますます強くなってきました。

 神様、今日は私の前にまた現れていただいてありがとうございました。これからも私とこのブログを見守って下さい。

神様は私が話しを切り上げようとしているのを見透かしたように、フワッと浮かび上がったと思うと無言で私を見下ろし夜の闇に吸い込まれるように消えていきました。
でも神様のまなざしは確かに優しさをたたえていたように思いました。ブログの神様は私の前にまた現れて下さる、そんな気がします。

さて、今日はここまで。私は寝ます。おやすみなさい。


あ、読み終わったら神様に感謝しながら押しといてね。 ほんじゃらな!(。・_・。)ノ
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2012年12月05日

暗譜の女神

今日は暗譜のお話です。

私などは「あんぷ」と聞いただけで/()゚O゚()\ひぃー となるくらい恐怖の言葉です。
仮に、超かわいい女の子に耳元で、「あ・ん・ぷ・・・、うふっ」 とセクシーに囁かれても/()゚O゚()\ひぃー となることに変わりはないと思います。

そう、私は暗譜が大の苦手。
なので、今日は暗譜は本来演奏に必要ないものである。という結論に向かってロジックを組み立てたいと思います。
さて、実際問題として暗譜は演奏にとって本当に必要なのでしょうか?。
暗譜で演奏することはエラいことなのでしょうか?
暗譜さえしていればそれでいいのでしょうか?
暗譜していることが曲を深く理解していることの証明になるのでしょうか?
暗譜していることが暗譜していない人より沢山練習したことの証明になるのでしょうか?
スメタナ弦楽四重奏団とかじゃないどこかの普通のカルテットがベートーヴェンの弦楽四重奏曲をとにかく暗譜で演奏して4人とも目が宙を舞っていて客席で聴いていても不安を感じる状況でも暗譜は根性があるからいいのでしょうか?
若い指揮者なんかが本番で急にコンチェルトを暗譜で振って途中で何度も振り間違えたりしてオーケストラを恐怖のどん底に叩き落としても「暗譜で指揮をした」と次の日の新聞でそういう事情を知る由もない評論家に称えられてそれで凄いということになるのでしょうか?
チェロの小品の伴奏をピアニストが止せばいいのに暗譜で弾いて言わんこっちゃ無い途中で頭真っ白になってチェリストに本番で練習番号叫ばれても譜面がないのでどこから始めていいか分からずチェリストまで釣られて譜面あるのに頭真っ白になって結局演奏が止まってしまってもギャラを貰う権利があるのでしょうか?

この人達に「いい加減楽譜見てください!おまえら!」と言いたくなるのは私だけでしょうか?

子供の頃の発表会や、音大の試験などで暗譜を必須条件とするのはまあある程度は認めましょう。
人生そういう経験も必要です。(ギャラも発生しないしね)
でもね、だからと言って暗譜が偉いと百姓の信仰のように一生信じ続ける必要もないでしょ?
自分は楽譜を見た方が上手に弾けると思うなら見ればいいのではないでしょうか?
大切なのは暗譜で弾くことじゃないでしょ?

ま、私などが力説したところで所詮は暗譜負け組の遠吠え・・。
こういう時は超偉い人の言葉を引用するに限ります。世の中そんなもんです。
さあ、みなさん恐れ入って下さい。
まずはリヒテルのお言葉です。

聴衆の心に触れる良い音楽を作らなければならないのが第一の問題であるべき時に、無駄な努力の原点となる「暗譜」というこの記憶力の競争の類は、まったく子供じみて空疎なことです。

どうです?
リヒテルですよ! リヒテル!。もうこれで決定打と言っていいのですが、念には念を入れてヴァイオリン界からもウルトラ巨匠に登場していただきます。
クレーメルのお言葉です。心して読んで下さい。

暗譜で弾いている若い奏者は曲の記憶を辿る事に終始しがちだ

なるほど・・。含蓄がありますな〜。
私はけして若くありませんが、曲の記憶を辿る事に終始しないために敢えて暗譜はしないでおきます!(w
クレーメルは実際にソナタやコンチェルトをよく楽譜を見ながら弾いていますね。

(※ちなみに、上記の2例は全知全能のインターネットから引っ張って来て私が適当に割愛した文章ですが、多分本人が言った事に嘘はないような気がします。)

さて、というわけで、現代において暗譜というものはもうそれほど偉くはないのです。
だから、「指揮者、暗譜でしたね〜、荒木さん」とオケの終演後ロビーで私に感想を言うのは止めて下さい(笑
そして演奏家のみなさん、本番で玉砕するリスクを犯してまで無理に暗譜で弾くのはやめましょう!。私も止めます。(もともとやってないけど)
そういえば、近くて遠い北の人民共和国のオーケストラの動画を見ていて「ん? なにかヘン・・」と思ったことがあります。
なんと、オーケストラの舞台に譜面台がひとつもないのです。彼らはベートーヴェンのエロイカを暗譜で演奏していました。ウィキで検索したらマーラーの交響曲も暗譜で演奏するそうです。

狂ってる・・・・・・

ま、そんなもんですよ。暗譜の価値ってもんは。あ〜〜っはっはっはっは!


さてさて、今日はもう一つ話題があります。
TVの割と夜遅い時間の番組に出演している美人ヴァイオリニストがいますね。
ナントカの神様とかいう番組にレギュラー出演されていました。
TVでは、コテコテのクラシックというより、映画音楽などの小品を演奏している印象が強いです。
番組でも「シンドラーのリスト」とか「ニュー・シネマ・パラダイス」とかそんな感じの編曲物をいつも楽譜を見ないで弾いているのです。
毎週いろんな曲を暗譜で弾いてすごいな〜〜〜〜、覚えるの大変じゃないのかな〜、と感心しながら見ていました。
美人で知的でお話も上手で私は彼女のファンなのですが、いつも疑問というか違和感というかなんとも不思議な気持ちにさせられるのが、彼女のヴァイオリンを弾いているときの表情なのです。
うっとりとした笑みをたたえてはいるのですが目が虚ろというか焦点が分からないというか、どこかを見ているようだけれど、どこを見ているか分からない感じなのです。

そこで、暗譜について考えているときに私はふとひらめきました!
そうだ!。彼女は譜面を見て弾いているのだ!と。
おそらく、画面に映らない少し離れた場所にある大きなモニターに投影した楽譜を見ながら弾いているのです。
それならばあの視線も毎週暗譜風で弾いているのも納得がいきます。
文章だと分かりにくいので全知全能のインターネットから画像を集めて図にしてみました。
こんな感じです。
あ、いや、だからズルしてるとかいうことじゃなくて、こいう方法もありなんだな。ふ〜んってことで。

シミュレーション


ね? すごいでしょ? 大発見でしょ?
さ、納得して貰ったとこで今日はここまで。

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2012年11月30日

正義のヒーロー スーパーパント

9.1kg

私の娘(中学1年)の通学リュックが持ってみたらあまりに重いので計ったらこの重さでした。
あり得ない・・。
私が中学生のころは、国語の教科書や社会の資料集などは学校の机の引き出しに入れっぱなしにしておいたものですが、最近の中学校では「管理上の都合上」それを認めないそうです。
「管理上の都合」とはなんぞや?

国語の教科書を机の引き出しに入れっ放しにしておくことで一体どんな管理上の都合が生じるんでしょうか。
夜中に”中学の国語の教科書マニア”が学校に忍び込んで幼気な女の子の国語の教科書の臭いをクンクン嗅ぐんでしょうか・・。
そしてそれを2ちゃんに書き込むんでしょうか・・
「大日本書籍 新中学国語 萌え (*´Д`)ハァハァ.」とか、
「大正書院 キタ━━━━(゚∀゚)━━━━!! 」とか、
もしそういう心配をしているなら、それはハッキリ言って杞憂です。(国語的な表現をしてしまった)

昔は国語や社会の資料集どころか、いかに学校に教材を置きっぱなしにしてカバンを軽くできるかに腐心したものです。
私などは教科書を家に持ち帰った記憶がほとんどないほどです。
それどころか、ジャージや柔道着も置きっぱなしにしてカビの生えた体操着に身を包んで体育の授業に出たものです。
カビと汗の混じった臭いを思い出して、青春時代が夢なんて〜後からほのぼの思うものなのです。
青春時代の真ん中は〜、用務員室からコークスを盗んできて床下に備蓄しておくものなのです。
そんな夢のような歌のような青春の記憶を管理の名のもとに奪っていいはずがありません。

学校の玄関に鍵をかけ、個人情報に配慮して電話番号の書いていない名簿を配り、余った給食の持ち帰りを禁じ、年賀状は学校の住所に送れと生徒に言う教師までいるらしいですが、
もうそのくらいで充分でしょ?
その上、生徒に毎日10kg近いリュックを背負わせて登校させる実益があるとは思えません。
戦時中の軍事教練じゃないんだから・・。
それより、体重の4分の1近い荷物を背負って日々通学することで被る健康被害のほうが心配です。


さて、日本社会全体が毒されているこの管理という風潮、実によくありませんな。
度を超した管理やマニュアル化やコンプライアンスは、現場から本来あるべき裁量権を奪い思考停止をもたらします。
コンプライアンス不況とか言いますよね。
セクハラ不況なんていう言葉もそろそろ出てくる頃じゃないでしょうか。
「これでいいんだよ!」とか、「ま、いっか」、とか「このくらいは許されるだろう」、とか、そういう適度な適当さを排除する社会に未来はありません。

例えばオーケストラにあっては、
「あのな〜、こんなのミスプリに決まっとろうが・・」って編曲ものの音までいちいち指揮者に確認するとか、
「あのな〜〜、いちいち書き込まなくてもフレーズの終わりはディミヌエンドに決まっとろうが・・」ってとこまで指揮者に確認して書き込むとか、
「あのな〜〜〜、ソリスト聴いてればエコーって分かるだろうが・・・」ってとこまでいちいち指揮者に「そこエコーにしますか?」って質問しないと判断できないとか、
「あのな〜〜〜〜、ボーイングっつーのは重要な箇所が概ね揃ってればいいんだよ」とどうしても思えずあろうことか指揮者にボーイングのお伺いたてちゃうとか、
そして指揮台には長蛇の列ができてしまい練習は一向に進まなくなってしまうわけです。
将来そういう思考停止系奏者が量産されてしまわないか心配です。


ところで、私の下の娘(小学2年生)に、寝る時に話す創作物語に「スーパー・パント」があります。
管理主義的な世相を反映し風刺を効かせた傑作シリーズだと私は日頃自画自賛しているのですが、こんな感じです。

スーパーパントは正義の味方、男の子です。
今日も元気にパトロールをしています。ピーーーー(空を飛ぶ音)

おや・・、おばあさんが重い荷物を背負って坂道を歩いていますね・・・・
可哀想に。荷物はそれはそれは重くて、おばあさんはいまにも転んでしまいそうです。
茶髪の若者達はガムをクチャクチャ噛みながらおばあさんを追い越して行きますが誰も助けようとしません。
意地悪そうなサラリーマンは「邪魔だな・・」と舌打ちしながらおばあさんの横をすり抜けていきます。

歩行者信号が赤になったのでおばあさんは横断歩道の手前で立ち止まりました。
するとトラックが猛スピードでおばあさんの前を走り抜けていきました。
トラックの起こした突風でおばあさんはよろけてしまい、車道に1ミリはみ出してしまいました。

その時です!
空の彼方に一筋の光が光りました。
そうです。ぼくらの正義のヒーロースーパーパントです。
「こらーーーーー! 信号が赤なのに車道にはみだすとは何事だ!!、スーパーパント・パーンチ!」
スーパーパントの鉄拳パンチを食らってはおばあさんはひとたまりもありません。
「ひえ〜〜〜〜〜」 おばあさんばぶっ飛んでいってしまいました。

こうして今日も日本の規則は守られたのです。
ありがとう! スーパーパント!
ぼくらのスーパーパント!!


あなたも愛するわが子や身近な子供に是非スーパーパントを話してあげてください。
きっと、おかしい・・、と気が付くはずです。

それではみなさん、ごきげんよう。

さあ、読み終わったら押してちょうだいな。
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Posted by arakihitoshi at 01:05Comments(2)TrackBack(0)

2012年11月18日

燃え尽きた part7

今年は11月11日が行政書士試験でした。
毎年恒例になりつつありました・・・。

日本でも大変珍しい、士業のバッジを付けた演奏家を目指してかれこれ4年。
宅建取得から3年半。

時間的にも精神的にもそろそろ限界なので、泣いても笑っても今年で最後にします。
大量の問題集も紐で括って全て資源回収日に捨てました。もう見たくありません。
そのくらいこの勉強はキツかったです。仕事の合間の勉強なので時間のやりくりも大変でした。
オケの休憩時間も、演奏旅行の移動中も、欧州公演の飛行機の中も全て勉強に充てました。
毎年170点台は取れるのに合格点の180点に僅かに及ばない・・、あと少し!という悔しさに支えられた4年間でしたが、
本当〜〜〜〜に長く厳しい戦いでした。
我ながら、「ここまでやるか! アホか!」とセルフ・ツッコミを入れたくなる状態でした。

とまあ、泣き言はこれくらいにして・・・・。
今年も試験から帰った夜に予備校の模範解答速報で自己採点しました。
今年は択一と多肢選択だけで174点。記述(配点60点)も要点はまあまあ押さえたので、マークミスでもない限り合格しそうです。

4年前、最初はブログのネタにするくらいの軽い気持ちで宅建で法律の勉強を始めましたが、
いつしか真剣になり、最終的に私の人格まで変わってしまった気がします。

行政書士試験の合格発表は1月28日です。
何があるか分からないのでそれまでは喜べません。
首尾良く合格していたら主に著作権関係の実務の勉強をしたいと思っています。
あ、チェリストは辞めませんので引き続きよろしくお願いします(汗)。

試験が終わってからは自由を満喫しています。
夜の時間がこんなに長いとは・・・・・
仕事が終わった後は、毎日テレビや映画を見たり、子供と遊んだり、レコードを聴いたり、法律以外の本を読んだりしてヌボ〜っと過ごしています。


勉強しなくていいっていいなーーーーーーっ!



うおーーーーーーーっ!!



R00120052

  
Posted by arakihitoshi at 23:23Comments(3)TrackBack(0)

2012年08月22日

今までで一番不愉快だと思った本番のひとつ(回顧録)

今日のネタは回顧録です。
ハッキリ言ってかなり下らない話なのですが、よろしければ・・(^_^)。


あれは私が札響に入団する少し前、1992年ころだったと思う。
私は東京芸術大学別科に通いながら、フリー奏者としての稼ぎで生活費と学費を賄っていた。
芸大の別科は面白いところで、週に1回のレッスンにさえ通えば、残りの授業等への出席は”任意”だった。
要するに「聴講してもしなくても勝手にしろ」ということである。
なので、私の様に既に大学を一つ終わらせてから来ているような人が多かった。

そんなわけで、勝手にしろと言うことなので「お〜し、そうか、じゃあ勝手にさせてもらおうじゃねーか、お〜?」と別にけんか腰になる必要もないのだが、レッスン以外はきっちりと出席しないで、バブルニッポンに溢れかえるお仕事を拾い集める日々を送っていたのだった。

そんな日常を送るある日、アマチュアオーケストラ時代の知り合いから電話がきた。
なんでも、新しく立ち上げたあるアマオケでリヒャルトシュトラウスをやることになったのだが、チェロが壊滅状態なので助っ人に来て欲しい、とのことだった。
本番の日はたまたま空いていたが、練習日はスケジュール的に全滅。ゲネプロ・本番だけでよければ、という条件でお引き受けすることになった。
当時私は、駆け出しのプロ奏者だったので、とにかくオケの仕事はプロオケ優先。
正直言ってアマチュア出身という負い目もあったし、プロとアマはまるで別の生き物だということもわかってきた頃だった。
なので、忙しいなか縁もないアマオケに”ゲネ・本”でトラに行くのは気が進まなかったが、お世話になった方からのお話だったので受けた、という経緯だった。
(今はアマオケのトラは喜んで行きますので。念のため・・(^_^) )

さて、本番は休日だったので午前中からゲネプロだった。夏のよく晴れた日だった。
前夜は当時常トラだった新日フィルのブルックナー定期でとても疲れていたのを覚えている。
地下鉄を降りて地上に出ると青い空がとても眩しく、目の奥が一瞬ズキリと痛んだ。
あるいは眩しく感じたのは冷房の効き過ぎた地下鉄の車内でチェロケースにもたれかかってずっと眠っていたせいかもしれない。
ホールまでの通りには商店が並んでいたが休日の午前中なので人は少なかった。
まだ開店前の喫茶店の店先をウェイトレスがほうきで掃いていた。

私はチェロと衣装を持って初めて行くホールを探した。
演奏会ではあまり使われない多目的ホールだが、大きな建物なのですぐに見つかった。
ゲネプロの始まる1時間以上前に着いた。リヒャルト・シュトラウスの難しい曲なので早めに行って少し譜面を見ておきたかったのだ。
目的の階でエレベーターを降りるとまだ会場は薄暗かった。
向こうでなにやら男の怒鳴り声が聞こえる。
「あんたがたね!、危ないんですよ! こういうことをね、やってもらってはね!」
30代の男が畏まる数名に向かって一方的に怒鳴り散らしていた。
「常識でしょ! いきなりね、ライトとかが落ちてきたりね、あ〜〜〜、もう! 本当に、なにやってんですか!」
男の怒りは収まらないらしく、ヒステリックな声が会場に響き渡っていた。
舞台はまだひな壇も椅子も組まれておらず、楽器を出して練習できる状態ではなかった。

どうやらオーケストラの団員たちが、ホールの従業員が到着する前に勝手に機械パネルを操作して、ライトやひな壇を動かそうとしたらしい。
経緯はわからないが、どうもそういうことらしいのだ。
やっと男の怒鳴り声が止んで、舞台の設営が始まった。
着いて早々のこの情景に私は唖然としたが、これからさらに驚きの出来事が始まる。

オーケストラが音を出せる状態にステージが出来上がったのは、リハーサルが始まる10分くらい前だった。
私はチェロの後ろの方の席に座って譜面代に送られてきた楽譜を置いた。
普通はエキストラで行くと係の人とチェロのトップの人が挨拶に来て、そこそこに恭しく席に案内してくれるものだが、そういうことはなかった。話が通っているのか少し不安になったりした。
チェロは6人で弾くらしい。
暫くすると隣の席に白髪頭の50代くらいのチェロを持ったおじさんが来て座った。
私はおじさんが団員なのか私と同じエキストラなのか判断できないまま、「あの、荒木と言います。おはようございます」と挨拶した。
おじさんは、「あ、どうも。 団長さんに挨拶に行った?」とニコリともせずに訊いてきた。
「え? 団長さんに挨拶に行くんですか?」
「そうでしょ。だってあなたお金を貰うわけだから」
「え?」 

私は事情が飲み込めずに少し狼狽した。
こんなことを言われたのは始めてだ。普通は出演料というものはプロ・アマ問わず演奏会終了後に係の人が「ありがとうございました」と言って持ってくるものなのだ。
ひょっとして新入団員と間違われてる?
いや、でもお金を貰うってことはエキストラってわかってるんだよな?
な?なんだ??

「あの? 私が団長さんに挨拶に行くんですか?」
「そりゃそうでしょ。団長さんあそこにいるから」
とおじさんは管楽器の方を振り返った。

「金いらねーから、俺帰るわ」
とキレたいところだったが、駆け出しのフリー奏者として、仕事先では絶対にトラブらない、と決めていたので何とか耐えた。
「はあ・・」と生半可な返事でやりすごして”団長さん”に挨拶には行かなかった。

それにしも、このオーケストラ、椅子と椅子の間隔がものすごく狭い。
弓を動かしたらぶつかってしまうだろう。
この椅子の間隔が狭い現象はアマオケでは非常にありがちなのだが、ここでもやはりそうだった。
しかしいくらなんでも狭すぎるしこのままでは弾けないので、周囲の人に「すいません、もう少し広がりませんか?」と言ったのだが、前後の人が申し訳程度に椅子を1〜2cm動かすだけで全く状況は改善されなかった。
トップの人なら少しはわかってくれるかもしれないと思い、トップの席に座っている気の弱そうな青年に「あの・・、全体的に少し広がりませんか?」と言ってみた。
続けて「団長さんに挨拶に行くように言われたんですが、どういうことなんでしょうか?」と訊いてみた。
普通はエキストラにこういうことを言われたら何とかするものだし、まして若いとはいえ私はプロとして請われて行っているのだ。しかし青年は困ったように苦笑いするだけだった。

そうこうしているうちにゲネプロが始まった。
演奏の前に、”団長さん”が挨拶に立った。団長は30代前半のわりと長身の神経質そうな男だった。
白っぽいスーツにシルクのピッタリとしたベストを着ていた。
その時の演奏会がそのオーケストラの2回目だかの演奏会で、欧州の某国との親善がこのオーケストラの目的だ、とその団長は語った。
で、某国から今日の演奏会のために指揮者を招いた、と演説は続いた。
要約すると『アマチュアでこんなに素晴らしいことをやっているのはここだけだ。俺のお陰だ。ありがたく思え』ということだった(笑)。
紹介された指揮者は小柄な西洋人の老人で、促されて某国語で無愛想に挨拶をした。
団長はいささか得意げに通訳していた。
そのセレモニーは何分くらいか覚えていないが、とても長く感じた。

やっとやっとリハーサルが始まった。
外人おじいさん指揮者の指揮棒が降りて音が出た。
「こ! これは・・!」
チェロが壊滅というより、オーケストラが壊滅。
まあ、壊滅だろうが何だろうが、アマチュアなんだから本人達がそれで満足ならいいんだけど(心あるアマチュアならそういうのは嫌だと思うけど)、いくらなんでも酷すぎる。
リヒャルト・シュトラウスだから弾けないとかそういうレベルではなくて、多分音階も弾けない人がかなり多数いる状態だった。

失礼だし、狭いし、異次元だし・・、
もういい。とにかく早く終わってくれ。
という心持ちでこの仕事を引き受けたことを心から後悔しながら演奏会が終わるのをひたすら願った。

そして、あり得ないほど酷い本番が終わった。
もうとにかく早く着替えて帰りたい。
楽屋で着替え終わって、トップの人に「お疲れ様でした」と挨拶して、隣の失礼なおじさんにも「あの、帰りますので」と挨拶した。
隣のおじさんは無言で会釈するだけなので、仕方なく「あの、出演料いただけますか?」と切り出した。
こういうやりとりは普通あり得ないのだが・・。
おじさんは「ちょっと待って」 と私をその場に待たせてどこかに行った。
しばらくして戻ってくると「団長さんから貰ってください」と言う。
やはり”団長さん”か・・・。 一体なんなんだ・・。

「すいません、団長さんのところに案内して貰えますか?」 
私もこの段階ではかなり頭に来ていたので言い方もきつくなっていたと思う。
おじさんは「こっち」と言って私を団長のいる楽屋に案内した。
団長もオーケストラの一員として演奏に出ていたので、大部屋楽屋で着替えていた。
おじさんが団長に近寄って行って「○○さん、ギャラ欲しいって・・・」 とボソボソ耳打ちした。
すると着替え中のランニング・シャツ姿の団長は神経質そうな目で私を一瞥すると、A4茶袋からギャラの入っていると思われる封筒を一枚だして、
あろうことか、こちらに放り投げた!

その瞬間血の気が引いたのを覚えている。
ギャラを放り投げられたのは後にも先にもあの時だけだ。
隣のおじさんがさすがに異変を感じてギャラを拾って「ありがとうございました」と小声で呟いて私に手渡した。

いったいあの出来事はなんだったんだろうか・・・・?
ペイペイのプロと見るとやたらと対抗意識を燃やして敵視してくるハイ・アマチュアがいるけどその手合い?
納得できないまま月日は流れ、もうあの出来事も記憶の彼方に消えてしまっていたが、
つい最近、ネット・サーフィン(死語)中に、あの時の”団長”のブログを発見した!。
間違いない。あいつだ。
顔写真も出ていた。20年以上経つが、イライラした神経質そうな目つきはあの時のままだ。

ブログによると今もクラシック音楽業界の周辺にいるようだ。その人の経歴もわかった。海外経験がこの人の自信の源らしい。それであのオーケストラだったのか・・。
ブログによると、どうやら行く先々でトラブルを引き起こしているらしい。
長年にわたるトラブルの相手を全て実名で攻撃している(いいのか?)。


懐かしいというかなんというか・・、あの団長さんにだけは今後も関わりたくないと思った。
あの時、キレて食ってかかっていなくて本当に良かった。危なく彼の記憶に残るところだった・・。

偶然のきっかけで、そんな若い頃の記憶が蘇った暑い夏の夜でした。

それではみなさん、ごきげんよう。
  
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2012年06月20日

真駒内公園メジャー化計画

みなさんこんにちは。
お元気でしょうか?
私はというと、この季節はカヌーやら登山やらアウトドアをいろいろやらなきゃいけないのでけっこう忙しくしています。
で、プロの行政書士受験生としてのお勉強もやらなきゃいけないし、最近は日本古来のことをやりたくなってヴァイオリンのT賀さんに紹介してもらい居合道を始め、毎週道場に通いすっかりハマっています。
居合道とは袴を履いて日本刀をビュンビュン振り回す例のアレなわけですが、これについては奥深いです。あまりに奥深く畏れ多く世界に誇る日本の伝統を前にただひたすら圧倒され、西洋音楽を生業にするも自分に流れる日本人の”血”について考えてしまったり、ブログに書ける段階ではまだまだありません。1年くらいしたら少しは書けるようになるかもしれません。というわけで”おけいこ侍”の今後にこうご期待です。
あ、そうそう。チェロも弾いてますよ。もちろん(汗)。

さて、春から初夏にかけて緑眩しく陽は長く、北海道は実に気持ちのよい季節を迎えていますね。
オケの練習が早く終わったりしたら、まっすぐ家に帰るのがもったいなくて、ついつい自然のあるところに寄り道してしまいます。
先日もオケの練習が午前中で終わり、−−−
あ、ここでちょっと説明を加えておきますね。
本番に向けたオケの練習は、首尾よくいったら早く終わることがあります。
これはけしてサボっているとか怠けているとか、早く終わってラッキー!イェーイ!、いうことではなく、「もう明日の演奏会でベストな演奏ができる仕上がりになったので、敢えてここらで切り上げて本番に向け鋭気を養いましょう」ということなのです。
これは非常に合理的かつ社会経済的にも効率のよいことです。
ムダを省くことで体力温存、モチベーション向上、練習場の光熱費も浮くし、各自個人練習もしようと思えばできるわけです。若い楽員はデートもできるからゆくゆくは日本の少子化防止に貢献できるかもしれません。

そう考えると、
・結論が出ているのに(あるいは出ないことが分かっているのに)とにかく時間まで続ける会議とか、
・タイムカードを押すためだけの出勤とか、
・妥結額が決まっているのに止められない春闘とか、
・メールで済むだろ!、しかも5行で!っていう内容の「お打ち合わせ」に呼び出されてわざわざ出向くとか、
・別れたいのに切り出せずにダラダラ続ける男女関係とか、

ぜ〜〜〜んぶ無駄!
がはははは!

というわけで、お分かりいただけましたね。
話を進めましょう。
で、その日は芸術の森でお昼に練習が終わり、北海道立真駒内公園に立ち寄ったのです。
この公園はアイスアリーナに隣接しており、私は札響に入って18年、エキストラ時代を合わせると22年、この公園に添った道を通って通勤しているにも関わらず、
「緑が豊かだな〜〜」と思いながら毎日のようにこの公園を眺めて通勤していたにも関わらず、
一度も公園に立ち寄ったことがありませんでした!
今回、フラッとこの道立真駒内公園に足を踏み入れ、
その広大さ、美しさ、自然の豊かさ、落ち着いた趣き、とても言葉に尽くせない驚きと感動を味わったのです。
この住宅地の直中にこんなオアシスがあったとは!
私も演奏などで世界の国々に行っていますが(たいして行ってませんが)、道立真駒内公園ほどクォリティーの高い公園は世界広しといえどもそうはありません。たぶんそんなにないと思います。
JPG (3)
道立真駒内公園

さて、これほどの公園がなぜたいして有名にもならずにひっそりの住宅街の片隅に佇んでいるのでしょうか。
世界の都市には真駒内公園よりずっとショボいのに国際的に有名になっている公園はたくさんあります。
このままではいけません!
私はこの素晴らしい公園にぜひもっと有名になって欲しいと思いました。
そこで、公園を散歩しながら考えた「真駒内公園メジャー化計画」を発表します。

私が思うに、まず「道立真駒内公園」という名前がよくありません。
特徴とか、なんの変哲もなさすぎで、メジャーになりたい!というか、体当たりでぶつかってくる気構えとかやる気を全く感じることができません。
この名前から分かることは、”道立であること”と、”真駒内にあること”だけ。それを愚直に表現しているだけです。
こんな「への13番」みたいな整理番号みたいな名前ではだめです。

できればミュンヘンの「英国公園」みたいなイマジネーションをくすぐる外国の名前がいいですね。
真駒内公園を改名するなら、例えば「スウェーデン公園」などがよいでしょう。
北海道人は「欧州と似ている」と言われると喜びます。特に「北欧」と言われるとイチコロです。その心理を突きましょう。
北海道と北欧は取り敢えず関連付けておくに損はありません。本州人にも間違いなくウケます。
ただ、勝手に「スウェーデン」を名乗る訳にもいかないでしょうから、ここは一旦真駒内公園をスウェーデン王室に献上してしまうのです。どこかの諸島だって自治体が買ったりできるんですから、北海道がスウェーデンに公園をひとつくらいプレゼントしたってオッケーなはずです。

でも本当にあげてしまってはさすがにまずいですから次にそれを返してもらいます。クーリングオフというやつです。
理由はいろいろ考えられます。地元で反対運動が起きたとか、子供たちに手紙を書かせるなどどれでもよいでしょう。
すると、スウェーデン王室はもともと公園など欲しかったわけではありませんからすぐに返してくれます。つまり下賜してくれるわけです。上野恩賜公園みたいでカッコイイですね。
さあ、仮にもスウェーデン国王から下賜されたのですからこれで堂々と「スウェーデン公園」を名乗ることができるようになりました。
北欧でメルヘンな上に、ありがた〜〜い感じもしますね。

これだけでもかなりメジャー化できますが、さらにスパイスを効かせましょう。
公園に行くと、「緑橋」とか「きのこ広場」などの”地名”が目に付きます。というか目に付きません。
こういういかにも行政テイストのゆるキャラっぽい名前ではなく、もっとパンチの効いた名前じゃないとだめです。
思い切ってどんどん北欧チックな名前に改名していきましょう。
公園の中央を流れる豊平川にかかる「緑橋」は「白夜橋」、「きのこ広場」は「永久凍土広場」などがよいでしょう。
北海道と白夜はぜんぜん関係ありませんがイメージなので大丈夫です。
そして、『「白夜橋」をカップルで後ろ向きに渡り切ることができたら恋が成就する』とか、『永久凍土広場の中央から見る北斗七星は世界一キレイ!』とか、それっぽい都市伝説を作って流布してしまいましょう。
義経伝説やジンギスカンを例に挙げるまでもなく、この手の都市伝説流布は北海道のお家芸です。だからぜんぜんオッケーです。
公園のどこかに『エーテボリ池』なんていうものあっていいと思います。エーテボリがどこにあるのかにわかに思い出せませんが・・・、いいのです。大切なのは気持ちです。
北海道の観光ポスターに美瑛の丘や滝ノ上の芝桜に加え、永久凍土広場から星空がドバーッっと見えている写真(イメージ)なんかもいいかもしれません。

さて、いかがでしょうか。私のアイデア。
私には見えます!
世界の観光ガイドブックに北海道スウェーデン公園が写真付きで掲載されている姿が!

最近はどこも財政難で公共物のネーミングライツ(命名権)なんていうのも珍しくないです。
前述のアイスアリーナも今は企業名が冠してありますよね。
関西かどこかの破綻寸前の自治体が市の命名権を売買するなんていう話も出てることですし、そうなると公園だって例外じゃないはず・・。

うーむ、そうなったら私のアイデア、どこかの優良企業さん是非買ってください!! お安くしておきます。

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Posted by arakihitoshi at 00:22Comments(2)TrackBack(0)

2012年05月15日

ブログの神様はfacebookにお怒りのようです

「ブログか・・・、なにもかもみな懐かしい・・・」

さて、懐かしくなるほど更新が滞っているこのブログ。
あのブログ、このブログ、あなたのブログ、ぼくのブログ。
そう、ブログというものが衰退していますな。
ブログはこのまま絶滅してしまう種族なんでしょうか。

この謎を解明するべく、今日は特別に”ブログの神様”と私の会話をご紹介します。。
ブログの神様はときどき私の夢枕に立ってブログネタを提供してくださったり、更新のモチベーションを授けてくださるありがたい存在ですが最近めったに現れてくれません・・。
今日ご紹介する会話は1ヶ月ほど前に神様が現れたときのものです。
言うまでもありませんが、ブログの神様は実在します。
くれぐれも神様に失礼のないように読んでください。

 今日は久々に現れてくださりありがとうございます。
 ふん、このブログも蜘蛛の巣が張っておるわい・・。
 申し訳ございません神様。どうも怠け癖がついてしまったようで・・
 おまえも昔はブログ・ランキング何位になったとか言ってはしゃいでおったのに、何というザマじゃ。ま、ランキングはわしの加護があったればこそだがな。
 その節はお世話になりました。・・でも最近はブログより他にいろいろと盛り上がっているメディアもありますしね・・。
 ふ〜。おまえのようなヤツが日本中に満ちておるわい。ま、アレが原因なのは分かっておるがな。
 え? アレとはなんですか?
 分かりきったことを訊くな!、このボンクラ!
 申し訳ございません!神様!、アレとはfacebookのことでございますね!
 そうじゃ。おまえも毎日見ておろう。
 はあ、たしかに毎日見ております。
 アレがそんなに面白いのかのう。
 面白いというか、旧友に再会できたりして便利というか・・。
 たしかに旧友に再会できるのは便利じゃな。じゃが楽しいのはメッセージが来た一瞬じゃろ?。実際会うことなど稀じゃろ。会ってどうする、という話もあるがな。
 まあ、たしかに・・、しかし神様!、そんなことを言っていては友達がいなくなります。
 まあ、おまえも友達が少ないからな。少しは増やしてもよかろう。
 それから友達の動向が分かったりして楽しいというか・・
 動向? おまえスパイか?動向知ってどうすんだよ。
 どうするっていう事もないんですが、いろいろ情報とか分かっていいじゃないですか!
 ホントにいいか?。いいか、よ〜く考えろ。情報っつってもおまえ、「うまいモン食った」とか「どっか遊びに行った」とかよ、そんなもんだろ?。それって情報か?
 たしかにそういうのもありますが、そればかりじゃないですよ。
 まあ、おまえんとこのフィードは知らんが、ワシは仕事柄日本中すべてもfacebookを読んでおるがな、「うまいモン食った系」の書き込み抜かしたらログの何割が残るかの〜?、まあ、せいぜい1割か2割じゃろ。

それから神様は小一時間ほど堰を切ったようにfacebookの悪口を仰せになりました。
神様曰く、「ネットにログを残すということは、まず名告りを上げ己の人格すべてをさらけ出し命がけでするものである」とか、
「己の主義主張もニュースバリューも一発ギャグすらないログは糞である」とか、
「『仕事忙しいです〜』やら『有名人と写真撮っちゃいました〜』とかって単なる自慢話だろ」とか、
「”チェックイン”に至っては意味がわからん」とか、
「いいね! とか言って馴れ合ってんじゃねー!」とか、
「あんなもん、どうせすぐ皆飽きて廃れるに決まってる」などなど。
神様のお言葉はfacebookへの敵意と偏見に満ちていましたが、中には私自身心当たりのあるものもありました。

 で、神様。神様がfacebookをお嫌いなのはよく分かりましたが、それと私がブログを更新しないのとどういう関係があるのですか?
 まあ聞け。おまえ、ネットに繋いでまずなにする?
 はあ・・、えっと、まずメールチェックして、自分のサイトのBBSとかをチェックして、あとはfacebookですかね。
 facebookで? どうするのじゃ?
 どうって、みんなの書き込み見たり、「いいね!」ボタン押したり・・
 ふん、「いいね!」は便利じゃな。何の苦労もなくクリック一発でコミュニティーに参加できた気になれる。しかも自分の顔写真入りじゃ。
 はい。あれは便利です!
 ばか者ーーーー!ヽ(`Д´)ノ  あんな安易な物を使っておるから堕落するのじゃ!
 ひいっ!
 ダラダラとそんなことやっているからブログを更新しなくなるのじゃ!。
 す!すいません!
 ネットに繋いでログを残すということはな、つい10年前くらい前までは大変だったんじゃ。旅先ともなれば5kg位のやたら重いノートPC持参で、それでも繋がらない時のためにドライバーとかの工具や音声カプラーまで用意してホテルの電話を分解してでもネットにアクセスしたものじゃ。
 はあ・・。たしかに昔は苦労しました。
 じゃからこそ、少しは意味のあるログを残そうと頭を使ったのじゃ。
 確かにそうかもしれません・・
 それがなんじゃ、facebookだのTwitterの時代になったとたん、書き込みとか言っても、iPhoneで撮った写真に一言二言コメント添えてその場で送信するだけじゃろ。はたしてそれでよいのかの・・

怒ってはいますが神様が少し淋しそうにも見えてきたので、私は神様がなんだか可哀想になってきました。
神様も勢いのあった頃は、”チャットの神様”や”BBSの神様”を打ち負かしたお話を私に自慢げにしてくださったものです。
あの頃に比べ、神様は一回り、いや、二回りくらい小さくなってしまったように見えます。

 しかし神様、iPhoneで撮った写真をその場で送信って私もやりますけど、ニュース性もありますしよいと思うのですが・・
 あのな、ニュース性ってのは内容の問題だろ。飲み屋の食い物の写真アップで送信してニュース性あるか?
 はあ・・。でもそういうのってついつい送信したくなっちゃうんですよね〜。
 Webサイトから始まってブログ、ミクシー、Twitterとメディアの垣根が低くなるほどそういうログが増えるのじゃ。
 確かに垣根は低くなりました。特にfacebookになってからは爆発的にユーザーが増えた気がします。
 「ネット資源」という言葉があったな。最近聞かないが・・。
 はい。まだ記録メディアが高価でサーバーの容量も限られていた時代の言葉ですね。あの頃はホームページの容量も一口10Mバイトとかで、写真や画像は小さく圧縮してアップしましたね。
 そうじゃ。ブログの時代になってもPCに取り込んだ写真をアップするのに一応はサーバーの容量を気にしたの。
 はい。そうでした。
 当時使われていた「ネット資源」という言葉には二つの意味があっての。一つは物理的なサーバーの容量、もう一つは”読む価値のあるログ”という意味での資源じゃ。やたら重い写真とかしょうもない文章をアップすると「ネット資源のムダ」と言って叩かれたものじゃ。
 ええ、そうでした。今ではサーバーの容量も文章のクォリティーも全く気にしなくなりました。
 そうじゃ。それがいかんのじゃ。資源は限りあるから大切に使う。資源を有効に使うために知恵も絞るのじゃ。
 なるほど・・。そういう考えもありますか。しかし神様、facebookやtwitterなどのSNSはコミュニケーション・ツールとして発展しているわけで、考え抜いた文章をアップするWebサイトなどとはそもそも存在意義が異なると思うのですが。
 SNSか。あっちもこっちもSNSじゃ。けっこうなことだな。つまりワシは御用済みというわけか・・

神様のお話がだんだん説教臭くてひがみっぽくなってきたので、私はそろそろ会話を切り上げたくなってきました。

 あ、でも神様、まだまだブログだって需要はありますよ。今日は本当にためになるお話をありがとうございました。これからはネット資源を大切につかおうと思います。
 ・・そうじゃな、それがよかろう・・。

神様は私の心中を見透かしたような微妙な表情を一瞬お見せになりました。そして僅かな間をおいてひとことそう呟かれると宙に吸い込まれるように消えてしまいました。
あれ以来神様は私の前に現れていません。
また突然以前のような元気な姿で現れてくださる気もしますが、もう二度と現れないような気もします。

facebookを眺めていると、「ああ、今この人の前にはfacebookの神様が現れているんだな・・」と思うことがあります。
こうして時代は移っていくんでしょう。

それではみなさんごきげんよう。 ほんじゃらな(。・_・。)ノ


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Posted by arakihitoshi at 15:26Comments(6)TrackBack(0)

2012年02月26日

昭和の妻たちへ捧ぐ

ドラマ「運命の人」、見てますよ〜〜。
おもしろいっす。久しぶりにドラマにはまってます。
このドラマは言わずと知れた西山記者事件が題材ですね。
法律を少しでもかじった人なら誰でも知っている有名な事件です。(60代以上の人は誰でも知っているのだと思います)
憲法21条、表現の自由のところで取材の自由は国家機密を取材することまで及ぶのか?というテーマで出てきます。
私もこの事件を初めて知ったときは、起訴状の『密かに情を通じ〜』とか、判決文の『人格の尊厳を著しく蹂躙した取材行為』という表現にただならぬ気配を感じました。
そして、何を隠そう興味本位でgoogleやウィキで事件や登場人物たちを検索してみたりしました。
その時、僅かでも「じょ、情って?(;´Д`)ハアハア」という思いが頭をかすめなかったと言えば嘘になるかもしれません。
おそらく、少しはくかすめたでしょう・・・、
いや、確かにかすめました・・・、
す、すいません。つい考えてしまいました。
というか、妄想で頭がいっぱいになりました。

ひい〜、お許しくださいお代官様。この私めも所詮は下衆な一般小国民でごぜぇますだ・・・。
外務省の女性外務省事務官って一体どんな?
西山記者ってどんな?
と本能の赴くままにググってしまいました。
ああ、私はなんて品性下劣な出歯亀小市民なんでしょう。

いや、でもね、これは仕方ないですよ。「情を云々」なんていう表現は普通しませんからね。
当時の世論がまっさきにその部分に反応したのには頷けます。
そして、ドラマでやっているように、事件の本質を隠すために国家権力によって「仕組まれた」と考えれば非常に納得がいきます。


それにしても、原作の山崎豊子はそうそうたやすく国家権力には乗せられないんですね。
私なんかは「ひそかに情を通じ」と言われれば、「へ〜、情をねぇ・・」と思い、
「国家公務員をそそのかし」と言われれば、「へ〜、そそのかしたわけね・・」と思い、
「よって有罪」と言われれば「ふ〜ん、有罪なんだ」と阿呆のようにただ納得するだけなのですが、
山崎豊子は違うんですね。
あくまで冷静に事件を分析し、調べ、掘り下げ、イマジネーションを働かせ、ぐいぐいと真相(たぶん)に迫るんですな〜。うんうん。さすがです。
(西山夫人の著書や当時連日報じられた多くの資料があることは知っています)
実際に”裏”があったかどうかはこれはもう神様しか知ることはできないのですが、少なくともこのくらいは疑ってかからなくては物事の真実には迫れないわけですね。

たしかに、よくよく考えれば「情を通じ〜」なんてことで国家やマスコミなどの権力から責められるのはおかしいです。
そもそも情を通わせること自体は犯罪じゃないし。仮に道ならぬ恋だったとしても”不倫罪”なんて存在しないもんね。
それを世間のやつらは妬み半分、やっかみ半分でやいのやいのと囃し立ててまるで犯罪者扱い。
男なんてもともとオス猿の子孫なんだから少々のことがあっても目をつぶれと。
だいたい、近頃の若いやつらは草食系だかなんだか知らないけど・・・

ハッ!(゜0゜;)

いや、「道ならぬ恋」はいけません。もちろんです。考えるだけでいけません。口に出したら犯罪です。
そこのおとうさんも注意してください。
真木よう子と黒木メイサと佐々木希が束になってかかってきても誘惑に負けてはいけません。分かりましたね?



さて、今日のテーマはそういうことではないんです。
「運命の人」の中で松たか子演じる弓成婦人について語ろうと思います。
正確に言うと、弓成婦人の言葉遣いに私が非常に萌えている、ということを語りたいと思います。
だってそうじゃないですか。そこのご同輩も萌えますよね?。
「あなた、○○○ですわよ」とか妻と言わず女性に一度でも言われたことありますか?
使い古された表現ではございますが、
「あなた、お帰りなさい。ご飯になさいますか?それとも先にお風呂になさいますか?」と死ぬまでに一度でも言われてみたくないですか?

”昭和の妻”達にそんな風に接してもらっていた”昭和の夫”たちは一体どんだけ幸せものだったのでしょうか。
そりゃ〜、仕事も張り切ってやっちゃいますよね。
そして日本の経済は活性化し好景気を生み高度成長のひとつやふたつするでしょう。当然です。
それにひきかえ”平成の妻”はどうでしょうか。
「あれ? たっくん(仮名)帰ってきてたんだ。え?ご飯まだなの?、作ってないに決まってるじゃん、家で食べるってちゃんと言ってくんなきゃさ〜、あ、お風呂洗っといて。」と。

しかし、たった2〜30年で妻達はここまで変わるものなんでしょうか。
当時の妻達は本当に「あなた、○○ですわ」みたいな口調で夫に接していたのでしょうか?
”昭和の妻”とはこんなにも夫を慈しみ労い、そして尊敬の念を持って優しく丁寧に夫に対していたのでしょうか?
この謎を解明するべく、今日は私の母に登場してもらうことにしましょう。
私の母は昭和18年生まれ。現在68歳です。
「運命の人」の西山事件は昭和47年。私の母は当時31歳だったわけです。ちなみに私は7歳でした。
ドラマの中の弓成家の家族と年齢構成がバッチリです。

さあ、当時の、”昭和の妻”たちは「あなた、○○ですわ」と言っていたのですか?
真相は!
お答えください!お母さん! どうぞ!

すると母は短く一言・・、「あんな話し方はしてない」


/()゚O゚()\ひぃー
すべての前提が崩れ去りました。わたしが憧れた”昭和の妻”の群像は幻だったのです。
日本の高度経済成長も政府が仕組んだ幻だったのかもしれません。
いざなぎ景気もオイルショックも本当はなかったのかもしれません。
もう全てが信じられなくなりました。

母の証言によると、東京とかのよほどの上流階級ではあるいはあったのかもしれない。とのこと。
しかしドラマ中の弓成家の実家は九州の魚の卸売業で上流階級というカテゴリーとは違います。
弓成妻の実家はそこそこ上流っぽい雰囲気ではありますが・・。


さて、真相はまた闇の中です。
以前にも書いたことがありますが、当時の日本のTVドラマや映画のしゃべり方、イメージ的には30代後半の宇津井健と20代の吉永小百合です。
「おいおい、キミも人が悪いな、からかいっこなしにしようじゃないか」とか、
「あら、おじさまったらいじわる、知らなくってよ!」
みたいなしゃべり方も謎です。当時の日本人は本当にあんな感じで会話していたのでしょうか・・・。
しかも妙に早口で喉を絞って出したような高くて堅い声で話します。


さて、「運命の人」もいよいよ後半ですね。
ビデオに撮って見ていますが、松たか子の妻役に今後も注目していきたいと思います。
本当は松たか子のセリフをサンプリングして『「あなた、おかえりなさい」CD』を作りたいところなのですが、さすがにここまでやると変態っぽいので止めておきます。

それではみなさんごきげんよう。

ほんじゃらな (。・_・。)ノ

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Posted by arakihitoshi at 10:57Comments(6)TrackBack(0)

2012年02月07日

時を越えて

みなさん、こんにちは。
え〜と、こないだの更新は・・・、ほほ〜、2011年の7月ですな。
すっかりご無沙汰しちまいました。

さて、書きたいことや書きたくないことがいろいろと溜まっているのですが、
まずは、多くの方に訊かれるのです。

「どうだった?」

と。

私もですね、
「ん? ああ、すっかり忘れてたけど合格通知が来てたよ」とか、
「都知事閣下のために合格してやった(意味不明)」とか言いたいのは山々なのですが、

今年もダメだったーーー!ヽ(`Д´)ノ ウァァァァン!!!

ま、ぜんぜん落ち込んでません。
慣れてますから。
なんつってもプロの受験生だからね。

いや、でも今年は分かってました。
配点の高い記述問題3問のうち1問を、せっかく合ってた回答を残り5分で書き直しちまったのが敗因です。
なんでこんな暴挙に出たかというと、1回目の受験の時に残り5分で書き直さなかったばかりに合格点に1問足りなくて落ちた、というのがトラウマになっていたからです。

そんなこんなで、3回目の行政書士試験も合格に一歩及ばずという結果だったのですが、
あとちょっとなんだよな〜〜〜〜〜〜
わたしはこのちょっとを諦める勇気はないので、来年もまたズルズルと受験すると思います。(たぶん)。
というわけで、日本でも大変珍しい宅建主任者行政書士チェロ奏者の誕生は来年以降に持ち越しです。

ところで、これは余談ですが、(このブログの存在自体が余談なんですが)
世の中に『夢を諦めないで!』という慣用句というかよく聞くセリフがあるじゃないですか。
珍しい職業を目指している人とか資格試験を受けてる人によく言ったりしますが、私はあれはどうかと思いますよ。
こないだTVの7時代のひな壇に芸人がたくさん並んでる番組で(この手の番組は嫌いで見ないのですが)、司法試験を25年以上受け続けた人、というVTRが流れていたのですが、
その人は30代後半くらいから弁護士を目指して司法試験を受け続けるわけです。
離婚して幼い子どもがひとり。アルバイトで生計を立てプライベートは全て司法試験の勉強に捧げるわけです。
やがて子供は成人し、本人はその間もひたすら勉強と毎年の受験。
で、還暦を過ぎてその人はやっと司法試験に合格するわけです。
司会者が「いや〜〜、夢を諦めずに最後までやりとげたわけですよ。えらい!」とか言って褒め称え、
ひな壇の芸人たちはやんややんやの拍手喝采、涙ぐんでるやつまでいるわけです。

でもね! どうなの?これって?
人生の半分を司法試験の勉強に捧げちゃっていいわけ?
この人は受かったからまだいいけど、受からなかったらどうすんの?。試験なんて最後は運の部分大きいからおおいにあるよ。その可能性も。

資格試験の怖さはここですよ。
ギャンブルみたいに負けてくると途中で止められなくなっちゃうわけです。
ギャンブルはお金を賭けますが、資格試験は時間を賭けるんですね。
時間ってのは”命”ってことですから、ある意味お金を賭けるよりシビアなギャンブルです。
仮に試験に合格するのが夢だったら、夢を諦めることのほうがずっと勇気がいるかもしれないです。
やれるところまでやって数年受けてダメだったらスパッと諦めて次のステップに進むほうが、人生として大変だけど貴重かもしれないのです。多分そうです。


とまあ、そこまで分かってても私は勇気もないし来年も受けると思いますけどね。ヽ(´▽`)ノ

だからそこのオネエチャンよ、俺に向かって「夢を諦めないでエライ!」とかって言うんじゃねえぜ!。ま、多少は偉いけどな・・。


そうそう。
話は変わりますが、私も試験が終わってから引きこもって膝を抱えてニートになっていたというわけではなく、
ちゃんと建設的なこともやっていたのです。
そのひとつがホームページ製作!
え?もうあるじゃないかって?
確かにあるんですが、20世紀からつづくあのサイトも自分で言うのもなんですが、昭和の香り漂うというか、かなりレトロな趣になってしまいました。
で、ホームページ大改造計画のさきがけとして、ノンノン・マリア弦楽四重奏団とチェロ教室のサイトを作ってみました。

いや〜〜、これが本当に大変でした。
12月から製作にかかったのですが、できたのは2月。
今時のHPのcssに悩まされ、Dreamweaverと格闘したり、
「なんで昔みたいにHTMLだけで作っちゃいけないんだよ〜〜〜〜〜!」と切れそうになったりしてたのです。
それで出来たのがこのサイト↓
荒木均チェロ教室

どうです?
ね?今風でしょ?カッコいいでしょ?ちゃんと商業っぽいでしょ?
さあさあ、みんな、褒めてちょうだい! ねぎらってちょうだい!ヽ(´▽`)ノ

というわけで、
まだいろいろネタは溜まってるのですが、久しぶりの更新で疲れたので今日はこのへんで。



ほんじゃらな!(。・_・。)ノ

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2011年07月24日

番組告知(のみ)

みなさんお久しぶりです(^_^;)

さて、欧州公演をブログにしたためると宣言して早2ヶ月近く。
なかなか更新できないままに月日は流れ、
時間の経過だけは人間の力では微動だにできないものですね。
敢えて言うならば、
少女を女にし、
お兄さんをおっさんにします。
幸せな時間は過ぎ去り、
またあるときは、傷を癒してくれたり・・
時というものは残酷にして慈しみ深いものなんですな〜〜〜、うんうん。

というわけで、欧州公演のブログが終わったあたりで、凱旋公演のTV放送があるとタイミング・バッチリだな・・、
と思っていたのですが、間に合いそうもないので、今日は番組の告知だけです。

2011年6月4日にキタラで行われた凱旋公演がTVで全国放送されます。
7月31日(日) 21:00〜21:57 NHK教育TV 「オーケストラの森」
8月28日(日) 06:00〜07:00 BSプレミアム「特選オーケストラ・ライブ」

ということです。

それでは、取り急ぎ用件のみにて失礼します。
ほんじゃらな!(。・_・。)ノ  
Posted by arakihitoshi at 01:47Comments(8)TrackBack(0)