一昨日、「焼き鳥”けい太”」での最後の宴会があった。
「焼き鳥”けい太”」とは西線南6条にある焼き鳥屋で私と同世代の札響楽員のたまり場的な飲み屋であった。
その”けい太”がこの12月いっぱいで閉店することになったのだ。
思えばけい太には本当にお世話になった。
札響の現在30代後半〜40代、私と同世代の楽員たちが入団したての頃は演奏会が終わるたびにけい太で飲み会を催していた。
(そのあたりの下りは拙HPのこのコーナーの’01.1.30の記事「なべさんは何でも知っている」に詳しいことが書いてある・・・10年近く昔の文章で少し恥ずかしい(照))
そんなたまり場だったけい太にも、皆結婚して子供が生れたり、生徒が増えたり大学やらの講師になったり、演奏の仕事もそれなりに忙しくなってだんだんと足が遠のくようになった。
当時は週に1〜2回は必ず通っていたが、最近にいたっては年に数回顔を出すくらいになっていた。
けい太のマスター通称”なべさん”が店を閉めるという話しを聞いたのも人づてだった。
一昨日はかつてけい太に集まって喧々諤々やっていた札響同世代の仲間が入れ代わり立ち代わり集まった。昔のように大声で叫んでなべさんに叱られたり、楽員同士喧嘩が始ったりしないのは皆少しは大人になったということか・・(笑)。
札響に入団したてのころ、私は”一般大学出身””アマチュア上がり”という強い外様意識とコンプレックスがあった。
オーディションに合格したものの、「本当に自分は皆に受け入れてもらえるのか?」という不安を常に抱えて演奏していた。
もしあの20代の頃のけい太の日々がなかったら、そういう不安な思いを払拭できたのだろうか・・?。
今思うと私にとってとても大切な時間だったのだ。
一昨日は久しぶりに心底楽しい飲み会だった。
深夜1時。なべさんと握手して、”けい太”と書かれたくぐり慣れた暖簾の感触を確かめながら店を出た。
「一つの時代が終わったな」と思ったのは私だけではなかったと思う。
写真中央の作務衣の人がなべさん