2008年07月26日

恐怖のステレオおやじ 【5】

前回からのつづきです。


それから数日が過ぎました。
ステレオおやじとはそれから会っていません。

ジャズの音は相変わらず天井から響き渡ってきています。

マンションの間取りついて少し解説します。
私の部屋は3LDKです。上階のステレオおやじの部屋もまったく同じ間取りです。
玄関を入るとマンションにしては広めの踊り場があります。
その右手にユーティリテー、左手に約10畳のクローゼット付きの部屋。
このクローゼット付きの部屋は本来寝室として設定されているのでしょうが、私はここにカワイの防音室を入れて練習&レッスン部屋として使っていました。

踊り場の突き当たりは居間へのドアがあります。居間とキッチンは繋がっています。
居間の向こうには居間と接して6畳の和室と8畳の洋室があります。
居間と和室には割りと広めのベランダが付いて行ます。

ジャズの音は和室の真上から聞えてきます。
スピーカーは和室の居間寄りの部分にあるらしく、居間にもかなり響いてきます。
隣の洋室では60%くらいに軽減されます。
練習部屋と玄関の踊り場の方はさすがに静かですが、ベース音だけは聞えてきます。


ステレオおやじは毎日夕方の6時に帰宅します。
土曜日と日曜日はほぼ終日家にいます。出掛けてもすぐに帰ってきます。
夏の間だけゴルフに行くらしく4〜5回週末に留守のことがあります。
この生活サイクルに全く変化はありません。
平日、帰りが遅くなることも一切ありません。

ステレオおやじはBの付く高級外車に乗っています。
私の部屋と上階のステレオおやじの部屋の真下にその車の駐車スペースがあるので、窓から見下ろして車があるとステレオおやじが家にいるかが分かります。
週末は毎週洗車しているので、車はいつもピカピカに磨き上げられています。

そして在宅中はほとんど全ての時間ステレオからジャズの音が流れます。
朝は9時少し前から、夜は1時頃まで続きます。
夜11時から少し音量が下がりますが、あくまで少しです。
歌詞が聞き取れなくなるほどではありません。

上階のステレオ音のストレスはかなりのものでしたが、こちらが出す楽器の音も聞えると言われてしまったので、そちらも気をつけざるを得ません。
苦情を言ってステレオ音を下げてもらうよう交渉する手前、自分の出す音にも最大限配慮して反論されないようにしなければならないだろうと思いました。

なので、夜の10時以降は楽器に消音器を付けて練習するようにしました。
防音室で弾く楽器の音はマンションの廊下に一切漏れていないので、馬鹿馬鹿しいとは思いつつも仕方ありません。


前回、「どれだけ聞えてるか聞きに来てください」と言いはしましたが、正直言ってステレオおやじを家に上げるのは億劫です。
それに実際聞いて「たしかにうるさいですね・・、気をつけます」と彼が言うとも思えない気がしてきました。
しかし、毎日上階から響いてくるジャズの音にイラつきは募ります。
イラついて妻に当ったりして喧嘩になることもありました。

当初、和室を寝室に使っていたのですが、当時赤ん坊だった子供がアトピーで寝つきが悪く、ただでさえ寝かしつけるのに苦労していました。子供は8時くらいに寝かせるのですが、その時間帯はステレオ音がピークを迎える時間でした。
とてもたまらず、寝室を隣の洋室に替えて、その和室を私の書斎にしました。
寝るには少しマシになりましたが、原稿を書いたりする真上でジャズの音が鳴り響くようになり、これはこれで相当ストレスでした。

そんなおり、ある週末の日中、駐車スペースで洗車しているステレオおやじとばったりとハチ合わせになりました。
ビクっと驚いた私にステレオおやじは意外な言葉を話しかけてきました。

【つづく】  

Posted by arakihitoshi at 22:57Comments(2) │ │恐怖のステレオおやじ 

2008年07月24日

恐怖のステレオおやじ 【4】

前回からのつづきです。

「下の階の荒木です」
ステレオ「・・はい」

ここで「ちょっとお待ちください」程度のセリフがあってからドアが開くのが普通だと思うのですが、その気配はありません。仕方なく私はインターフォンに向かって話し始めました。

「えーとですね、ステレオの音を少し下げていただけないかお願いに来たんですが」
すると、ステレオおやじはいかにも面倒臭そうに溜め息混じりに答えます。
ステレオ「そんなに聞えるとは思えないんだけどな」
「え? あ、いや。相当聞えるんですけど、」
そこまで言うとインターフォンがいきなりブツッと切れました。
私が驚いていると、やがてドアがゆっくり開きました。
半分くらい開いたドアからステレオおやじが顔を覗かせました。不愉快そうな口元は斜めに歪んでいます。

ステレオ「あまり神経質なこと言われてもね・・」
ステレオおやじはむっとした口調でいきなり言いました。

この人は割りと低い声でゆっくる喋るのが特徴です。これは私の主観ですが、見下されている印象を受け、あまり感じの良い人ではありません。
この”人を見下す”という印象はその後もずっと変わることはありませんでした。

わたし「・・・・いや、あのですね、神経質ということはないと思うんですけど」
ステレオ「神経質でしょ。そもそも、こないだ金槌がどうとか言われて、こっちは憮然としてるんだけどさ」
”憮然としている”と言われ、私はまったく予想外の展開に軽いパニックになりました。初っぱなからここまで敵意のある対応をされるとは思いませんでした。
次の言葉が思い浮かびません。

やっとの思いで頭を整理して言いました。
わたし「いや、夜遅くに金槌はどうかと思うんですけどね。前にも言いましたけど赤ん坊もいるので、少し気をつけていただきたいと思・・・・」
ステレオおやじは私の言葉を遮り続けます。
ステレオ「金槌じゃないんだけどさ、まあいいや。こっちは引越しやってるわけだから。夜に片づけやらないでいつやるんだよ?」

こうなると正直言って絶句する以外ありませんでした。私にはステレオおやじの言い分は一方的なものに聞えました。
苦情を言うつもりが逆に苦情を言ったことに対して苦情を言われました。丁重にお願いする形をとれば・・、というのはこの人には全く通じない甘い考えだったことがよく分かりました。
言葉を失っている私にステレオおやじは畳み掛けるように言ってきました。

ステレオ「あなたのところの楽器の音もこっちに聴けえてきてるんだよな」
今度はこちらの楽器に話しを振られました。

わたし「え? いや、そんなはずはないと思うんですけど、防音室の中で弾いてますし」
ステレオ「いや。聞えてますよ。まあ、あなたはそれが生業みたいだから、大目に見ようとは思ってるんだけど・・。お互い趣味なわけだから、尊重しあっていきませんか?」

こっちは趣味じゃないんだけど・・・。まあそれはいいとして。自分の騒音は棚に上げてこっちを大目にみてやるだと?、なんて勝手なこと言う人なんだ・・。と私も頭に少し血が登り始めました。
そもそも、歌詞や楽音の細部まではっきり聴き取れる程の大音量のステレオ音と、こちらの防音室から僅かに漏れた音を一緒にされてはたまりません。
こんなところで話しをまとめられたら困るので、気を取り直して反撃を試みようとしたところに階下から妻が登ってきました。
玄関で会話の一部始終を聞いていたはずです。

「はじめまして」
ステレオおやじは妻をちらりと見て軽く頷きました。
この人の目下の人間に対する挨拶は本当に失礼で、その後も腹の立つことが多かったです。「私はあなたの部下じゃありませんよ」と言ってやりたくなることもしばしばでした。
聞くところによると、ステレオおやじは大手の保険会社か何かに務めているそうなのですが、よほど横柄な態度で臨まないといけない部署にでも長年いたりしたのでしょうか・・。一体どういう人生を歩んで来たらこういう人格になるの? とその後もよく考えました。

わたし「いや、尊重しあうのはもちろんなんですけど、お宅のステレオの音はあまりにも大きいと思うんですけど」
やっとの思いで反撃に出た私の背後で妻が続けます。
「あの〜、ステレオの音がどのくらい聞えてるか、一度聞きにいらしてもらえませんか?」
ステレオ「いいですよ。行きますよ。まあ、今は食事中だから、今度にしてもらうけど」
わたし「はあ、うちも今は子供が寝てますし・・、では今度」


一時はどうやって収拾をつけようか途方に暮れた会話がやっと終わり、私と妻は階下の部屋に戻りました。

しばらくすると、またジャズが頭上から響き渡ってきました。
今日は女性ボーカルのバラード調の曲です。ベース音は相変わらず天井全体を震わせて響いてきます。
苦情を言われた直後くらい少し音量を控えればいいのに・・、と腹が立ちました。

今回は驚きとともにとても不愉快な思いをしましたが、これは今後起る出来事のほんの始まりに過ぎませんでした。


【つづく】
  
Posted by arakihitoshi at 18:13Comments(0) │ │恐怖のステレオおやじ 

2008年07月16日

インディ・ジョーンズ 「失われたストーリー」

※映画の内容に多少触れる部分があります。まだ見てない人は見てから読んでね(o^-')b


19年ぶりの新作、やっと見てきました。
第1作の「失われたアーク」が1981年封切りだったそうなので、それから数えると27年・・(゜ロ゜;
ハリソン・フォードは凄いですね。アクションも昔通り難なくこなし、見た目も昔通りクールでカッコイイし。
わたしはこのシリーズ大好きで、第1作から第3作まではビデオに撮って、それこそ磁気テープが擦り切れるまで繰り返し見たので細部までよく覚えてます。

第1作「失われたアーク」でインディーのライバルの考古学者フリーマンが、ジャングルでホビト族にインディーを襲わせる際にする「フィッフィッ!」という無気味な動作の物真似は、日常生活で人に物を取って来させる時などによくやりましたし、インディーがネパール山中の酒場で賊と乱闘になるシーンで、賊を殴るウイスキーの瓶を元恋人カレンに渡してもらうよう頼むときに言う「ウィスキー?」という印象的な言い回しは、バーでウィスキーを注文する時などについ言ってしまいます。
ただしこの技は、相手がかなりのインディーマニアでなければ通じない上に変な奴だと思われるので、素人にはお薦めできません。

さて、そんなインディー好きなわたしも含め、往年のファンにとって19年ぶりにスクリーンで暴れ周るあのインディ・ジョーンズに再会できるのは堪えられないものがあります。しかしながら内容に関しては今回の第4作はいかがなものかと思いました。あるいはわたしの思い入れが強すぎたのでしょうか・・。
わたしはどうも最近のハリウッドのSF映画や冒険映画の多くに、貧弱なストーリーをCGのてんこ盛りで誤魔化した印象を持ってしまうのですが、今回の「クリスタル・スカルの王国」も例外ではありませんでした。

”敵から逃げる”、”建物の倒壊から逃げる”など、なにからか逃げるシーンは、たしかにこのシーリーズの見せ場ではありましたが、今作は2時間ほとんど逃げっぱなしで、敢えて言えば今回は「CGから逃げる」ということになるのでしょうか・・。
真っ白いスタジオで、巨大な何かが襲って来るーー!!・・つもりで演技に励むハリソン・フォードと仲間たち、を想像して萎えます。
全体的にアクションシーンが立ち過ぎて、話しの筋は二の次三の次っていうのが今っぽいと言えば言えます。

第4作で始めてインディ・ジョーンズを見たヤングに「なーんだ、こんなもんなの・・・?」と思われたら悔しいです。
それから、映画館で後ろに座った同世代のいかにもオタクっぽい同世代の女性が、インディーのアクションシーンで絶えず込み上げ笑いをしてたのが気になりました。
「あのな〜、久々の新作に萌えるのは分かるけど、すこし落ち着かんかい!」と言いたくなりました。ヤングたちをさらに引かせる行為はやめて欲しかったです。

しかしまあ、偉そうにけなしてばかりもナンなので感動したシーンも挙げておくと、ラストシーンは感動しました。ちょっとぐっときました・・。
第1作のヒロイン、元恋人のカレンとのこのエピソードが、今回唯一のストーリーらしいストーリーと言えるかもしれません・・・
いや、ひょっとして・・、感動したのは映画にではなく、わたしの人生にも平等に訪れた27年の歳月に感動したのかもしれません。


追伸:この映画の音楽はとても好きです。最近の映画やドラマの音楽は魅力のある旋律が少ないですが、インディーのテーマ曲は「名作に名曲あり」という言葉を思い出せさてくれました。

  
Posted by arakihitoshi at 22:56Comments(0) │ │雑感 

2008年07月06日

正直言ってよく分かりませんでした・・

昨晩は毎年恒例になった「PMFウェルカムコンサート」があった。

尾高 忠明(指揮)ライナー・キュッヒル(ヴァイオリン)

ウォルトン 戴冠式行進曲「王冠」
メンデルスゾーン ヴァイオリン協奏曲 ホ短調 作品64
ショスタコーヴィチ 交響曲 第5番 ニ短調 作品47

というプログラムだった。
オケは札響にPMFのアカデミー生たちが若干加わった。

さて、よく分からなかったのはライナー・キュッヘルさんのヴァイオリンである。
キュッヘルさんは言うまでもなく長年ウィーン・フィルのコンマスを務められ、オーケストラプレイヤーとして音楽家として世界最高位に君臨する人である。
だからこそよく分からなかったのであるが、昨日演奏したメンコンは技術的には非常に「?」だった。やれどこそこの部分でつっかかった、とか、どこそこで音程外したとか言うのは下らない事なのだが、けして無視できるほど少なくはなかった。
ウィーン・フィルのコンマスといえども本業はオケ弾き。ソリストではないということを当然ながら考慮に入れても大きな疑問符が浮かんだ。
リハーサル日の最初の演奏は、失礼ながら手に汗握るところもあった。

それにもまして「?」なのが演奏スタイルである。
何というか・・、倍音を沢山出してふくよかに楽器を鳴らして・・という当世の演奏スタイルとは全く違い、音は固めというか、音の出し方も硬いというかなんというか・・・。
あえて例えるならハイフェッツあたりのラッパ管で一発取りした20世紀初頭の大演奏家の復刻版CDを聴いている感じである。
でも、”古い”のではなく、こういうスタイルがいまだ現役で存在しているウィーンというところはやはり凄い!、と考えるべきなのだろうか・・・

いや、そもそも相手はウィーン・フィルのコンマスである。
”下手”などということがあるわけがない・・・。「?」を感じた私の耳が腐っているということなのだろうか・・。疑問など持ってはいけないのだろうか。
しかし、もし仮に、あり得ないけど、メンコンをあの演奏で日本のプロオケのオーディションで弾いたとしたら・・・・、
いや、プロオケまで言わなくても芸大とか桐朋の受験で弾いたら・・・・
少なくとも、技術的には(あくまで技術的には)、少なくともこのレベルのソリストというのはいないわけで、しかし、聴くべきは技術を越えたところにあると、全てを超越した音楽の核心がそこにある・・・と、そういう聴き方をしなければダメなのだろうか・・・・・

しかししかし、素直に「す!凄い!」と感じるところも沢山あった。
例えば、コンチェルトを弾きながらオケに合図を出すあたりは超さすがであった。
「さあ、オマエラ、ここで出なさい」というタイミングをビシバシと作ってくる。オケはズレようがない。
それから、本番では会場を飲み込む凄いパワーのオーラというか”気”というか・・。この手のよく分からない独特のパワーを欧州のオジサン演奏家から感じ取ることはままあるのだが、キュッヘルさんのそれは超ド級と言って憚らないものがあった。さすがである。


はてさて、どう評価したものか・・・
「練習不足なんじゃない?」という声もあったが、たしかに毎年このPMFのシリーズでは、ウィーン・フィルの首席奏者様たちが繰り広げるコンチェルトは、けして充分に準備なさったとは言いがたい大らかなものが多く、その手の演奏は伴奏し慣れているわけだが、そういう演奏は得てして緊張感もなく、大喝采の会場とは裏腹にステージの上も大らかというか日常っぽい雰囲気が漂うものである。
しかし、キュッヘルさんの”気”は大らかというものではなく、非常に密度の濃いものであった。

ウィーン留学組には、ウィーンという街は勤勉とはかけ離れていて本当に彼らは練習しないんだよ。と証言する人も多いが、それはある意味私も当っているのだろうとは思うが、相手はウィーン・フィルである。世界最高峰である。
裏を返して「練習しなくても弾ける」という事なのだろうか。いや、確かに練習しなくても弾けるのだろうが、練習しないと弾けないということもあるわけで・・。
昨年ウィーンに旅行した折り、国立歌劇場でオペラの開演前の開場より早くピットに一番に出てきてずっとさらっていたのはコンマスのキュッヘルさんであった。
やはり勤勉な人なのだな・・、とその時は感心したものだが、穿った見方をすれば本番直前に慌ててさらっている、と見ることもできるわけで、結局のところ真相は分からない。

日本にも、昔有名なオケのコンマスだったとかそういう偉い経歴の人で、いわゆる”ヘタウマ”な演奏をする人はいる。
そういう人の練習してないリサイタルやコンチェルトの本番は、それはそれは酷かったりもする。
しかしまあ、そういう白を黒と言い切ってしまうような、なんというか”ムネオ的”とでも言おうか、そういうふてぶてしいおっさん演奏家の演奏も悪くはないのだが、今回のメンコンはそういう種類のとも違った。もっともっと繊細な色を醸していた。


はてさて、どう評価したものかよく分からない。謎は深まるばかりである。
お客さんの大部分はもちろん大喝采であったわけだが、中には私と同じ感想を持った人もいたのではないだろうか。
今回は日本の地方オケの一平奏者としての分際も省みず、大胆な事を書いてしまった。反応が少し心配である。
それとも、こういう「?」を事を言いだすこと自体が禁句なのだろうか・・・・

新聞や雑誌の評には昨日の演奏はどう書かれるのだろう・・・。



開場直後のウィーン国立歌劇場のオケピット(著者撮影)
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Posted by arakihitoshi at 13:37Comments(6) │ │音楽 

2008年07月05日

恐怖のステレオおやじ 【3】

『恐怖のステレオおやじ』の連載が始まってから、知人や職場の友人たちから頻繁に「続きはまだ?」と訊かれます。こんなに反響が大きいのは始めてです。やはりマンションの騒音問題に悩んでいる人は多いのでしょうか・・・。
さて、前回の続きです。


ドアチャイムを鳴らすとすぐに玄関のドアが開きました。
そこにいたのは50代半ばの男性でした。頭頂部が禿ていて残った髪の毛も白髪だったので、最初は60代に見えましたが、よく見ると血色の良い顔をしています。
丸顔で中肉中背です。チノパンに青っぽいシャツ、それに茶色とも赤ともつかない色のベストを着ていました。
ドアがすぐに開いたのは、玄関で古い雑誌などを括る作業をしていたからのようでした。

男性は私の顔を見上げて無表情に短く言いました。
男性「はい?」
部屋の間取りは階下の私が住む部屋と全く同じです。高級そうな家具が所狭しを並んでいました。物がとにかく多そうです。なるほど、引越の片づけに時間がかかるわけだ。奥に人の気配があったのは奥さんでしょう。

私は部屋を覗きこむように話し出しました。
「あの、下の階の住人なんですが、荒木といいます。よろしくお願いします」
男性「あ、はい。どうも・・」
意外と低い声で愛想もなく答えてきます。いく分気勢を削がれましたが気を取り直して本題に入ります。
「実は、ステレオの音を少し下げていただけないかお願いにあがったのですが・・・」
男性「ステレオ?、・・・そんなに聞えますか?」
「ええ、下の部屋にかなり響いてます。それと金槌の音も・・・。赤ん坊もいるもので・・・」
男性「そうですか。じゃあ気をつけてみますよ」
「すいません。よろしくお願いします」

男性、つまりステレオおやじはそう言うと、手元の雑誌の束に再び目を落としました。作業を続ける様子です。
失礼と言い切るには決め手に欠けますが、感じの良い対応ではありませんでした。
しかし、一応「気をつける」という言葉を貰ったので、私は「では」とか曖昧な挨拶をして下の階に戻りました。


部屋に戻り、「どうだった?」という妻の問いかけに、「ん〜、普通の人だと思うんだけどね。まあ、一応気をつけるって言ってくれたから、静かになると思うよ」と煮えきらない返事をし、その日は休みました。

次の日、いつものように夕方6時頃からジャズのレコードが聞えてきました。
昨日までとは若干音量が下がった気がしますが、やはりまだかなりうるさいです。歌の歌詞や細かい楽器の動きまではっきりと聞きとれる音量であることには変わりありません。
しかしまあ、一応気をつけてくれているみたいだし。
それに昨日までの大音量に比べればいく分マシ・・。(と自分に言い聞かせます)

マシとは言っても根本的な解決は望めそうもないので、私はステレオの音をなるべく気にしないように生活することにしました。
音といえばこちらだって防音室の中とはいえチェロを練習したりレッスンをしたりしています。
こちらから漏れている音だってゼロとは言い切れない弱みがあります。

しかし、それから上階から聞えるステレオの音は、毎日ジワジワと少しづつ音量を上げ、10日ほどですっかり元の大きさに戻ってしまいました。
引越のドタバタ音はさすがにこの頃になると治まったのですが、頭上から響いてくるジャズの音は私の我慢の範囲を越えていました。

私たちが寝室に使っている部屋の真上にスピーカーがあるらしく、ジャスの音はその部屋で一番大きく聞えます。
特にベースの音は耐えがたい大音量で響き渡ってきます。
騒音そのものに悩むこともさることながら、「一体どうやってこんな大きな音を響かせているんだ?」と上階の部屋の様子を想像してイライラが掻き立てられます。
「スピーカーを床に直接置いているんじゃないだろうな?」とか「アンプの低音を最高に上げてるんじゃないだろうな?、それじゃ中学生の聴き方だろ!」とか思ってみたりして、「ズ〜ン!ズ〜ン!」と始まると苦々しく天井を見上げる日々が始まりました。

ジャズの音は平日は夕方6時頃から夜の12時か1時ころまで。土日は朝の9時頃から、やはり夜の12時か1時頃まで、ほとんど毎日決まった時間から断続的に続きます。
前回苦情を言いに行った日から2週間が経ちました。
こうやって悶々と思い悩むより、直接上階の住人にきちんと迷惑している旨告げて、自粛してもらうべきだろ、と思直しい、再び苦情を申し出る事に意を決しました。きちんと説明すれば分かってもらえるはず・・。

今回もいろいろと言葉を準備しました。
私も音楽家の端くれなので、音響の知識は普通の人よりはあるつもりです。単に「うるさい」と苦情を言うのではなく、お互い趣味や職業を尊重して気持ちよく暮らせる妥協点を見いだしましょう、という態度で臨めばそれほど問題はこじれないはず・・。(分譲マンションでお互い区分所有者ですし)
こちらが防音室を入れているように、上階の住人がステレオが趣味なら防音に対するそれ相応の配慮が必要でしょう。そうした上での多少の騒音であれば我慢する準備もあります。と思ったわけです。

かくのごとき意を決して再び階段を登り上階に住むステレオおやじの部屋のチャイムを鳴らしました。ステレオおやじの車はさっき駐車場に戻ってきました。既に帰って来てるはずです。
しかし、今度はドアは開きませんでした。

やがて聞えたインターフォン越しのステレオおやじの対応は、私の想定を大きく越えたものでした・・。

【つづく】  
Posted by arakihitoshi at 01:30Comments(0) │ │恐怖のステレオおやじ 

2008年07月02日

恐怖のステレオおやじ 【2】

ある日、その平和な環境に異変が起きました。
3LDKの間取りにしてはやけに多い引っ越し荷物。それが引越屋のトラックから降ろされて真上の部屋に運びこまれていきます。
その日はたまたま仕事が休みで家にいました。引越は昼頃から夕方近くまで続いたでしょうか・・。
後で分かったことなのですが、この日越してきた上階の住人はマンション分譲時に上の部屋を購入して数年住んでから東京に転勤になり、この度札幌に戻ってきたということでした。
以前から時折上階の部屋に出入りがあったのですが、それは知人かなにかが時々部屋の空気を入れ替えに来ていたようでした。

このマンションは面白い構造で、坂に添って建てられているのですが、A棟、B棟・・という具合に多棟構造になっており、棟の間には駐車場と専用庭があります。それぞれの棟がさらに階段ごとに複数のブロックに別れています。
建物自体は三階建てで、ひとつの階段を6世帯ほどが使う事になります。エレベーターはありません。

さて、引越なので上の階からドタバタと大きな音が聞えます。
でも引越なのだから仕方ないです。夜になっても大きな物音は静まりません。
しかしまあ、家具を動かしたりいろいろあるでしょう。仕方ないです。
静かな環境ともお別れか・・、やれやれ。と思いながら物音に耐えること1週間後の日曜日のことです。

朝9時に上階から聞えるステレオの大きな音で目が覚めました。
この日のことははっきりと覚えています。
私は前夜に室内楽の演奏会と打ち上げがあり朝の9時はまだ寝ていました。
上階から聞えるのは女性ボーカルのジャズのレコードです。
歌詞まではっきりと聴き取れるほど大きな音です。ベースの音がズンズンと響き渡ってきます。
襖一枚隔てた隣の居間から聞えてくるTVの音より、天井から聞えるジャズの音の方がはるかにデカいです。

あまりの大音量に耳を疑いました。
何かの間違い?? 例えばヘッドフォンを付けているのにアンプのスピーカー切り替えがオンになっているとか・・。
昼頃になってやっとステレオの音が止みました。そしていつものドタバタ音がはじまりました。

次の日の夕方6時頃。また大音量のジャズのレコードが上階から響き渡ってきました。
ひょっとして、これからこの騒音が毎日続くの?、と愕然としました。
いやいやしかし、上階の住人はこれ程ステレオの音が階下に聞えているとは知らないに違いない。しばらく様子を見ることにしよう・・。と自分に言い聞かせます。
女性ボーカルやピアノトリオやデキシー調のジャズのレコードが次々と聞えてきます。
相変わらずベース音とバスドラムの低音は天井全体を揺るがしてズンズンと大音量で響いてきます。
ジャズが止むとまたドタバタと家具を動かしているような音が聞えてきます。
それもかなり大きな音が深夜の1時頃まで続きます。

この頃は娘がまだ赤ん坊で、アトピーが酷くてなかなか寝てくれず、寝かしつけるのに苦労していたこともあり、騒音にはある程度過敏になっていたとはいえ、上階の物音はかなりのものでした。

引越があった日から10日目くらいに、管理人さんにそれとなく、「どういう方なんですか?」と訊いてみました。
管理人さんの話しによると、普通の企業に務める50代の夫婦だそうです。
分譲時からの区分所有者というのもこの時知りました。
私はてっきり20代の音楽好きの若者が越してきたのかと思っていたのでとても意外でした。
それに、6世帯しかいない棟の真下の部屋なのだから一言挨拶に来てくれたっていいだろ、とも思いました。

そして2週間が経ちました。
2〜3日前からドタバタに混じって金槌で釘を打つ音が聞えていたのですが、夜の10時すぎになっても釘を打つ音が止みません。
金槌の音でせっかく寝た子供も起きてしまいました。
たまりかねて少し静かにしてもらえないか、意を決して苦情を言いに行くことにしました。
丁重にお願いする形を取ればトラブルになることもあるまい・・と思い、いろいろと言葉を準備して臨みました。

そして上階に行き、少し緊張しながらチャイムを鳴らしました。


【つづく】
  
Posted by arakihitoshi at 23:41Comments(0) │ │恐怖のステレオおやじ 
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