前回からの続きです。
勢い込んでドアチャイムを鳴らしたものの、ステレオおやじは留守のようです。
部屋に戻り窓から駐車場を見ると、ステレオおやじの車はありませんでした。
どうやら、出がけに生徒に声をかけていったようでした。
私の怒りは収まりませんでしたが、ここは一旦落ち着いて、古くからの住人の方に相談に行くことにしました。
何度かこの話しに登場した理事も長年やっている信頼のある人です(仮にBさんとします)。
Bさんとは何度かステレオおやじの件で駐車場などマンションの敷地内で立ち話をしたことがありました。
Bさんは在宅していました。
「お休みのところ突然すいません。」
「いえいえ、全然かまいませんよ。」
「実はちょっと困ったことがありまして・・、ご相談に乗っていただきたくて伺ったんですが」
「え? なにかありましたか?」
「実は3階の○○さんの事で困ってまして」
すると奥の方から奥さんも家事を中断して出てきてくれました。
私はさっきあったことや、普段からのステレオおやじとのやりとりをBさんと奥さんに説明しました。
Bさんは以前からのいきさつは立ち話でご存じでしたが、奥さんは終止「えーー?」、「ほんとに?」、「信じられない・・」と相槌を打って私の話を聞いてくれました。
Bさんは既に私とステレオおやじとのトラブルも含め、N島さんとステレオおやじのトラブルや、その他管理人さんとのトラブルもご存じでした。
また、特にステレオおやじが管理組合の理事長になってから、彼にまつわるトラブルが耐えないことが古参住人たちの間で問題になっているそうでした。
本来ならば管理組合の総会で決めなければならない修繕積立て費の一部使途について、例えば敷地内の植林など一人で勝手に決めて業者を手配してしまったりなど、対人的なトラブル以外にも問題があるそうです。
話しは違いますが、この頃このマンションと1キロくらいの距離にあるマンションに住んでいる札響のヴィオラの同僚と職場でこんな会話がありました。
「荒木んとこのマンション、とんでもないオヤジがいるんだって?」
「うん〜、そうなんだよ。 んで? なんで知ってんの??」
「いやね、こないだマンションの総会出たら話題になっててさ、マンションの名前聞いたらオマエんとこのマンションじゃん!」
それにしても、近所のマンションでも話題になっているとは・・。
管理組合や管理会社は横の繋がりもあるようです。
この話しを聞いた時には思わず笑ってしまいました。
ステレオおやじはすっかり有名人です。
Bさんは
「いや〜、そこまで迷惑かけてたか・・。目が行き届かなくて申し訳ない」
「いえいえ、Bさんに謝っていただかなくても・・」
「いやね、分譲時は○○さん(ステレオおやじの名)もあそこまでじゃなかったんだけどな〜。レッスンにしてもさ、荒木さん教室として使用してないもんね。住居だよね」
「そうなんですよね。私もそう思ってたんですけどね。防音室入れて最大限ご迷惑にならないようにやってるつもりですし・・」
「うん、犬の件にしてもさ、まあ、確かにペット禁止って書いてはいるけど、管理規約ってのは行きすぎを戒めるためのものだからね。常識内でやってる人に、やれ規約違反だ、って言いだしたら誰も暮らせなくなっちゃうからね」
「わたしもそう思います。規約違反っていうなら○○さんのステレオ騒音こそ問題にされるべきだと思うんですけどね」
分譲当時に入居したBさんやステレオおやじたちは、皆さんほぼ団塊の世代の人たちです。
年齢も近いし家族構成も似たりよったりの彼らは、分譲当時は皆さん家族ぐるみの付き合いをしていたそうです。
4000万円のローンを背負ってこのマンションを買い、終の住処として腰を据えている人たちと、中古で買って腰かけで住んでいる私とは同じ区分所有者でもやはりマンションに対する意識が違うようです。
数年後には家を建て替えて引っ越すつもりでいることはBさんには言っていません。
何かと親身になってくれるBさんには少し後ろめたい気持ちもありました。
なので、Bさんの「この問題は少し預けてくれ」という言葉には素直に従うことにしました。
取合えずBさんの言葉に安心しましたが、上階から聞えるステレオ音や、自由にレッスンできない日常の問題が片づいたわけではありません。
相変わらずステレオ音はズ〜〜ンズ〜〜〜〜ンと大音量で聞えてきますし、レッスンも出稽古を増やしたり、芸術の森の練習室に会場を移したりと苦労しながら続けていました。
そんなある日、防音室に入って練習を始めた途端、上から巨大なハンマーで床を叩いたような音が聞えました。
一瞬びっくりして練習を中断しました。
ステレオおやじが床を踏み鳴らしたのかとも思いましたが、防音室を突き抜けて聞えるドンッ!という音はただごとではありません。
しばらくして、中断した練習を再開しました。
するとまた、ドスンッ!という衝撃音が上階から聞えました。
間違いありません。ステレオおやじが床を踏み鳴らしている音です。
私の楽器の音が少しでも聞えたらすかさず床を踏み鳴らしているようです。
後で知った話しなのですが、
この床踏み鳴らしの直前にBさんがステレオおやじに、私のレッスンを妨害しないように言いにいってくれたそうでした。
多分その時に、私の楽器の音が迷惑になるほど聞えているというのは詭弁だろ、ということもステレオおやじに言ってくれたのだと思います。(1Fのご隠居夫婦などに聞いて、私の楽器の音が周囲にほとんど漏れていないこともBさんは既に知っていました)
なので、「聞えてるぞ!」ということを証明するつもりで床を踏み鳴らしたのだと思います。
私はすっかり練習する気をなくして、しばらくパソコンをいじって、ステレオおやじの車がいなくなるのを待ってから練習をしました。
その2日後、その日は休日だったのですが、昼過ぎに防音室に入り練習を始めました。
練習を始めて1分もしないうちに、妻が電話の子機を持って防音室のドアを叩きました。
送話口を塞いで妻が
「ねえねえ、上のおじさんから・・」
「え? ステレオおやじ??」
今度は電話がかかって来ました。
どういうつもりで電話をしてきたのか大体想像はつきますが、こっちもいろいろ言ってやりたいことが溜っています。
私は少し覚悟を決めて妻から子機を受けとりました。
【つづく】