前の更新が・・、2月22日か〜。なんだか遠い昔のような気がします。危うくログインのパスワードを忘れるところでした。
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さて、震災後初めてブログを書きます。
あまりにいろいろな事が起きて、それは天災であり、中には天災とばかりも呼べないものもあり、
復興とは裏腹に、こうしている間にも事態が悪化していることもあり、
日常とはこんなにもあっけなく断絶してしまうんだな・・・、と意識の奥の方でぼんやりと呟いていたり、
日本の将来への不安と希望が交錯し、それは同時に自分の将来にも直結しているのだなという現実味を帯びた実感があり、
TVで見る映像と自分の身の回りの変化のない景色との乖離感に、何とも言えない身の置き場のなさを感じたり、
もっと身近な事を言えば、仙台フィルや山響など東北のオケはもちろん、首都圏や全国のオケに波及して来るであろう非常に厳しい状況、
それもこれも含めて、何も書けませんでした。
音楽家というのは政治的な事を言ってはいけない、というのが私の信条です。(唯一言っていいのは、自分に関係する文化予算が削減される局面でそれに反対する時だけ)
私はとても音楽家らしく見えませんが、一応演奏を生業にしているので音楽家のカテゴリーに入る人間です。
そして私は本来政治に興味が無い人間ではなく、政治的な内容で書きたいことはたくさんあるのですが、今までHPを運営し、ブログを書き続けて15年くらい経ちますが、政治的な事を書かないという自らの掟を破ったことは一度もありません(たぶん無いような気がします)。
新聞記事やTVの(政治的な)ニュースに安易に突っ込みを入れる事も、ネットを含む公の場所では厳に慎んでいるつもりです。
では、なぜ音楽家は政治を語ってはいけないと思うのか、
理想的なことから先に言うと、
音楽は全ての思想信条の人の癒しのためにあります。
ベートーヴェンやモーツァルトの音楽に政治的な色を付けることは芸術に対する冒涜です。
例えば、民主党寄りのオーケストラとか、自民党寄りのオーケストラ、なんていうものが存在してはいけないのです。
「○○党寄りのオーケストラが演奏したベートーヴェンなんて聴きたくないよ」などという感想が出るような情況を生んでは絶対にダメです。
(個人の音楽家とオーケストラは違うという考えもあるでしょうが、私はオーケストラを法人としての音楽家ととらえています。なので敢えて区別せずに語ります)
音楽家とはそういう俗事から超然と存在する特権を与えられた存在なのだと私は思っています。
逆に言うと、そういうルールの下で存在を許されている存在でもあると思います。
一部を除く一般的な(私のような)音楽家は貧乏で社会的な力もありませんが、その一点のみにおいては特権階級なのだというプライドは捨てるべきではありません。
そして現実的な事をいうと、
仮にどこかの政党寄りのオーケストラなんていうものがあって、さあ政権交代があったので助成金はカットです。などという事があっては困るのです。
そして現代日本のオーケストラにあっては、大企業含め多くの寄付金を募って運営しています。
さらに言うと、私はオーケストラの団員であると同時に公益財団の職員でもあります。
当然そこには”配慮”というものが必要になってくるでしょう。
これは汚いとか卑怯とかいう次元の話しではなく、
例えば、バッハが教会支配に反対し、政教分離を叫んで音楽ができたか?
ベートーヴェンやモーツァルトが、貴族政治打破のシュプレヒコールを叫んでウィーンの街頭をビラを撒きながらデモ行進して、それでも作曲活動を続けられたか?
ショスタコーヴィッチが共産党の一党独裁体制を公然と批判して命があったか?(ショスタコーヴィッチに関しては例外的な見方もできますが)
ということです。(ちょっと極端な例でしたが)
では、どうやって個人としての自分と音楽家としての公人の自分との調整を図るか?、というと、
それは、「政治は語らない」 に尽きると思います。
さて、そういうバックボーンを踏まえた上で、
今この時期に、政治にも触れずに、行政にも選挙にも原発についても一切自分の意見は言わずに何かモノが書けるか?
政治とはまったく無関係に今回の災害について書けるか、あるいは地震など無かったかのように相変わらずルパン三世やカメラについて熱く語れるか? という問題。
これは(私にとっては)非常〜〜〜に難しいです。
とはいうものの、こんなオタクっぽい内容のブログの、しかも2ヶ月間近くも更新していないのに、毎日100〜200のアクセスがあり、ブログ・ランキングも10位代にとどまっているというのは、
なので今日は昨今の心境について語ってみました(照)。
それでは、あばよ!