2007年09月11日

ピリオド奏法嫌い

最初に私の立場を明確にすると、この奏法(?)は好きではない。
昨年はアーノンクールやノリントンの来日&TV中継などでピリオド奏法という言葉がブレイクした感がある。が、この類いの演奏スタイルがごく一部の指揮者によってではあるがモダンオーケストラにまで広がってきたのは今に始ったことではない。
楽譜のベーレンライター版(原典に忠実ということになっている)の隆盛といい昨今は古楽復興ブームである。(※が、私は古楽復興ブームを否定するものではなく、今回は古楽復興ブームと件のピリオド奏法は分けて考えたい)

さて、そもそもピリオド奏法とはなにか?
この言葉の定義は意外と曖昧である。
『古典派当時の演奏方法をモダン楽器で再現する』というあたりが基本コンセプトなのだとは思うが、録音も残っていない当時の演奏スタイル自体がはながだ曖昧でつかみ所がないし、奏法や解釈など何をとっても諸説あって特定しがたい。


目に見えるところではピリオド奏法と言えばノンヴィブラートということになるので・・、というかこれしか明確な特徴を探せないので今回はこの話しをする。オケの練習初日に「今回はノンヴィブラートで」と指揮者に指定されるとゲンナリしてしまうオーケストラプレイヤーは私だけではないと思う(というかほとんど皆だと思う)。
言うまでもないが私たち現代の奏者はモダン楽器でモダン奏法を訓練されて育っている。この両者にヴィブラートは不可欠である。音量や音色の抑制、フレージングに至るまで全てヴィブラートがあることを前提に考え出されている。これはベルリン・フィルであろうと札幌交響楽団であろうと現代の奏者であれば同じである。

指揮者の中には「皆さんヴィブラートは反射でかけていらっしゃると思うので、止めるのは難しいでしょうけど・・」と恐縮しながら前置きしてくれる方もいるが、これはとんでもない誤解である。現代の奏者にとって不可欠な表現手段であるヴィブラートを反射でかけている人など少なくともプロにはいないと思う。頭に浮かんだ音のイメージを再現するために最適なヴィブラートはなにか? 常に考えながらコントロールして左手を振動させているのだ。
ヴィブラートを止めるのが難しいのではなく、奏者としての自分の音楽的な感性に反するから止めるのが嫌なのだ。

そもそも、ベートーヴェンやシューベルトの時代は本当にヴィブラートをかけずに演奏していたのだろうか。1940年頃までのオーケストラはヴィブラートをかけていなかったとノリントンは考えているらしいが、本当だろうか?
私の持っている戦前に録音された古いレコートを聴いてもノンヴィブラートで弾いている人など一人もいないのだが・・。
カール・フレッシュ(1873-1944)は有名な「ヴァイオリン奏法の技法」のなかで、”ヴィブラートの指導は生徒本人のヴィブラートをかけたいという自然な欲求が沸き起こるまで待つべきである”、と書いている。(たしか書いていた・・)
また、レオポルト・アウアー(1845-1930)(この人はチャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲の初演を「演奏不能な難曲」と言って断ったことで有名ですね) は1922年の著書「ヴァイリンの奏法」の中で、当時の奏者達がヴィブラートを乱用していることを嘆いている(らしい、ネットで拾いました)。これは逆に言えば当時既にヴィブラートが広く常用されていたことを意味している。

そう、ヴィブラートは1940年頃(あるいはそれ以前)に誰かが発明して急激に世界中に広がった、というようなものではなく、音色に対する欲求の末”自然に沸き起こる”ものだと思う。未開の土地を含めて世界中のおよそ目にするあらゆる楽器(人間の声も含めて)の奏法がヴィブラートを有していることからもそう考えるのが自然ではないだろうか。
それを理性と技術で体系化されたものをコントロールしながら使っているのが現代クラシック音楽である。
その中にあって1940年以前、弦楽器奏者はオーケストラで弾く時だけ頑にヴィブラートをかけなかった、とするのはどうにも合点がいかない。


さて話しは戻るが、われわれ現代の奏者は持っている楽器もベートーヴェンの当時とは違う。
仮に百歩譲って100年前のオーケストラがヴィブラートをかけていなかったとしても、弦もピッチも弓の形もベートーヴェンの頃とは全く違うモダンの楽器で、モダン奏法で訓練された奏者がヴィブラートを完全に止めて演奏することに一体どれだけの意味があるのだろうか。
ヴィブラートを止めた先に素晴らしい音楽があると言うなら止めてもいいのかもしれないが、逆に素晴らしい音楽があるなら止めなくても良いのではないか?(という言い方は少し意地悪か・・?、でもホンネである)

例えば「古楽風の響きに持っていきたいのでヴィブラートは控えめに」くらいなら分かるのだが、最近の流れはピリオド奏法という正体不明の言葉でくくられて極端な方向に行っている気がする。
以前、「バロックボー(バロック時代の弓)を持っている人は持ってきてください」と言った指揮者がいたが、そのうち「チェロの人はエンドピンを出さないでください」という指揮者が現われないことを祈ろう・・。


Posted by arakihitoshi at 10:52│Comments(9)││音楽 
この記事へのコメント
素人の意見で恐縮ですが、今の奏法が今の形なのはそれが良いとされてきた
からのような気が個人的にはします。なので非常に同感です。
ただ、いろいろな場所で音楽作ってきた人は新しいことがしたくなっちゃうのでしょうか。
ちなみに、ピリオドって本来、期間や時代・時限など、区切られた時間の一区切り、と言う意味があるのでそこから来たんじゃないでしょうか。ある時代のもの、と言う感じで。違うかもしれませんが・・・。
Posted by 本日の緊張の練習生 at 2007年09月14日 22:58
練習生さんこんにちは。
なるほど、そうですか。「時代」という意味もあるんですね。納得です。
奏法も楽曲と同じように時代を勝ち残るにはそれなりの理由があるわけ
ですから、そういう意味でピリオド奏法は残っていくのでしょうかね。
Posted by あらき at 2007年09月15日 10:26
そですね、この場合の『ピリオド』は
『時代』と言う意味で使われているのだと思います。

以前、モンテヴェルディをやったとき、やっぱり弦の方たちは
「ノン・ヴィブラートで!」と指揮者さんから言われていました。
たしかに、それっぽい印象にはなりますし、それがキライではないです。
でも、「ノン・ヴィブラート」にしさえすれば
それが「古楽」ということではないですよね。

あらきさんの仰るように
そもそも、「古楽」の音なんて誰も聴いたことがないのですから。
指揮者さんも、「これぞ古楽!」ではなく
「ボクはこっちの方が好きだから、こっちでやりたいの」くらいに
言って頂ければそれなりに納得できるような気はします。

… とかなんとか …
ど素人がプロオケの団員さんに向かってエラそうに、すみません;;;
Posted by Traviata at 2007年09月16日 19:06
いえいえ、貴重なご意見ありがとうございます!
やっぱり究極は好き嫌いの問題だと私も思います。どんなにロジックを重ねても音楽の場合は好き嫌いに勝る評価基準はありません(キッパリ)。

その上で、モダンオーケストラのノンヴィブラートの音は固くて貧弱な印象を受けるので私は嫌いです。
「やりたいなら古楽オケでやってくれ〜〜」と思ってしまいます。

Posted by あらき at 2007年09月17日 01:41
4
アマチュアのバイオリン奏者ですが、私は、ノンビブラートの音の持つ透明感や自然さはとても良いと思っていますので、プロに比べるとかけないで弾く時は多いです。特にビブラートをかけないときは意識します。生意気ですいません。
どういうビブラートをかけようか、つまりビブラートにより表情を変えるというように、あまりにもビブラートをいろいろな種類かける演奏が多いので、ある意味、反動でノンビブラートの良さが見直されている、そういう時代の傾向かなとも思っています。
遅いコメントで失礼いたしました。
Posted by Minatsuki at 2008年02月21日 04:25
はじめまして。全く素人のクラシック・ファンです。

まず荒木さんは「私の持っている戦前に録音された古いレコートを聴いてもノンヴィブラートで弾いている人など一人もいない」と書かれていますが、それはソリストの話ですよね?ノリントンもクライスラーなどのソリストは20世紀初頭からかけていたことを認めています。彼の主張は第二次世界大戦頃までオーケストラなどアンサンブルではcontinuous vibratoはかけなかったという話です(昔の教則本ではビブラートは装飾法として定義されているようです)。確かに1938年に録音されたワルター/ウィーン・フィルによるマーラーの交響曲第9番の演奏はほとんどビブラートをかけていません。そしてクライスラーはそのcontinuous vibratoが嫌われてウィーン・フィルの入団試験に落ちています。
Posted by 雅哉 at 2008年03月12日 12:20
ごめんなさい。長くなったのでコメントを分けさせて頂きました。

どうも1950年頃からオーケストラでcontinuous vibratoが普及してきたのはガット弦からスチール弦に移行した時期と一致しているように想われます。スチール弦がガット弦に比べてその音のしなやかさ、柔らかさに劣る欠点を緩和するためにcontinuous vibratoが推奨されるようになったのではないかと。

だから確かにスチール弦でノン・ビブラート奏法をするのは意味がないのかも知れません。それをするのならばオケもガット弦に戻らなければ。実際にドイツ・カンマーフィルハーモニー・ブレーメンはガット弦を張っているそうですね。
Posted by 雅哉 at 2008年03月12日 12:23
DVD:
"The Art of conducting"
を見る限り1931-33年のドイツのメジャーオケは
"continuous vibrato"
です。間違いなく確認できますね。
ただし、コントラバスは掛けていないように思われます。
以上、ご報告します。
耳って騙されやすいですね。動画は一番証拠力があります。
Posted by 半世紀前は初心者 at 2009年06月07日 10:44
1931年ワルター指揮ベルリンフィルの映像が残っていますがしっかりヴィブラートかけてますよ。
30年代他の録音も少なくともコンマス独奏ではしっかりヴィブラートかけているのが確認出来るので、オケではヴィブラート使ってないというノリントンの説は非常に根拠薄い。
Posted by 名無し at 2019年11月04日 00:00

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