2008年07月05日

恐怖のステレオおやじ 【3】

『恐怖のステレオおやじ』の連載が始まってから、知人や職場の友人たちから頻繁に「続きはまだ?」と訊かれます。こんなに反響が大きいのは始めてです。やはりマンションの騒音問題に悩んでいる人は多いのでしょうか・・・。
さて、前回の続きです。


ドアチャイムを鳴らすとすぐに玄関のドアが開きました。
そこにいたのは50代半ばの男性でした。頭頂部が禿ていて残った髪の毛も白髪だったので、最初は60代に見えましたが、よく見ると血色の良い顔をしています。
丸顔で中肉中背です。チノパンに青っぽいシャツ、それに茶色とも赤ともつかない色のベストを着ていました。
ドアがすぐに開いたのは、玄関で古い雑誌などを括る作業をしていたからのようでした。

男性は私の顔を見上げて無表情に短く言いました。
男性「はい?」
部屋の間取りは階下の私が住む部屋と全く同じです。高級そうな家具が所狭しを並んでいました。物がとにかく多そうです。なるほど、引越の片づけに時間がかかるわけだ。奥に人の気配があったのは奥さんでしょう。

私は部屋を覗きこむように話し出しました。
「あの、下の階の住人なんですが、荒木といいます。よろしくお願いします」
男性「あ、はい。どうも・・」
意外と低い声で愛想もなく答えてきます。いく分気勢を削がれましたが気を取り直して本題に入ります。
「実は、ステレオの音を少し下げていただけないかお願いにあがったのですが・・・」
男性「ステレオ?、・・・そんなに聞えますか?」
「ええ、下の部屋にかなり響いてます。それと金槌の音も・・・。赤ん坊もいるもので・・・」
男性「そうですか。じゃあ気をつけてみますよ」
「すいません。よろしくお願いします」

男性、つまりステレオおやじはそう言うと、手元の雑誌の束に再び目を落としました。作業を続ける様子です。
失礼と言い切るには決め手に欠けますが、感じの良い対応ではありませんでした。
しかし、一応「気をつける」という言葉を貰ったので、私は「では」とか曖昧な挨拶をして下の階に戻りました。


部屋に戻り、「どうだった?」という妻の問いかけに、「ん〜、普通の人だと思うんだけどね。まあ、一応気をつけるって言ってくれたから、静かになると思うよ」と煮えきらない返事をし、その日は休みました。

次の日、いつものように夕方6時頃からジャズのレコードが聞えてきました。
昨日までとは若干音量が下がった気がしますが、やはりまだかなりうるさいです。歌の歌詞や細かい楽器の動きまではっきりと聞きとれる音量であることには変わりありません。
しかしまあ、一応気をつけてくれているみたいだし。
それに昨日までの大音量に比べればいく分マシ・・。(と自分に言い聞かせます)

マシとは言っても根本的な解決は望めそうもないので、私はステレオの音をなるべく気にしないように生活することにしました。
音といえばこちらだって防音室の中とはいえチェロを練習したりレッスンをしたりしています。
こちらから漏れている音だってゼロとは言い切れない弱みがあります。

しかし、それから上階から聞えるステレオの音は、毎日ジワジワと少しづつ音量を上げ、10日ほどですっかり元の大きさに戻ってしまいました。
引越のドタバタ音はさすがにこの頃になると治まったのですが、頭上から響いてくるジャズの音は私の我慢の範囲を越えていました。

私たちが寝室に使っている部屋の真上にスピーカーがあるらしく、ジャスの音はその部屋で一番大きく聞えます。
特にベースの音は耐えがたい大音量で響き渡ってきます。
騒音そのものに悩むこともさることながら、「一体どうやってこんな大きな音を響かせているんだ?」と上階の部屋の様子を想像してイライラが掻き立てられます。
「スピーカーを床に直接置いているんじゃないだろうな?」とか「アンプの低音を最高に上げてるんじゃないだろうな?、それじゃ中学生の聴き方だろ!」とか思ってみたりして、「ズ〜ン!ズ〜ン!」と始まると苦々しく天井を見上げる日々が始まりました。

ジャズの音は平日は夕方6時頃から夜の12時か1時ころまで。土日は朝の9時頃から、やはり夜の12時か1時頃まで、ほとんど毎日決まった時間から断続的に続きます。
前回苦情を言いに行った日から2週間が経ちました。
こうやって悶々と思い悩むより、直接上階の住人にきちんと迷惑している旨告げて、自粛してもらうべきだろ、と思直しい、再び苦情を申し出る事に意を決しました。きちんと説明すれば分かってもらえるはず・・。

今回もいろいろと言葉を準備しました。
私も音楽家の端くれなので、音響の知識は普通の人よりはあるつもりです。単に「うるさい」と苦情を言うのではなく、お互い趣味や職業を尊重して気持ちよく暮らせる妥協点を見いだしましょう、という態度で臨めばそれほど問題はこじれないはず・・。(分譲マンションでお互い区分所有者ですし)
こちらが防音室を入れているように、上階の住人がステレオが趣味なら防音に対するそれ相応の配慮が必要でしょう。そうした上での多少の騒音であれば我慢する準備もあります。と思ったわけです。

かくのごとき意を決して再び階段を登り上階に住むステレオおやじの部屋のチャイムを鳴らしました。ステレオおやじの車はさっき駐車場に戻ってきました。既に帰って来てるはずです。
しかし、今度はドアは開きませんでした。

やがて聞えたインターフォン越しのステレオおやじの対応は、私の想定を大きく越えたものでした・・。

【つづく】

Posted by arakihitoshi at 01:30│Comments(0)││恐怖のステレオおやじ 

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