昨晩は毎年恒例になった「PMFウェルカムコンサート」があった。
尾高 忠明(指揮)ライナー・キュッヒル(ヴァイオリン)
ウォルトン 戴冠式行進曲「王冠」
メンデルスゾーン ヴァイオリン協奏曲 ホ短調 作品64
ショスタコーヴィチ 交響曲 第5番 ニ短調 作品47
というプログラムだった。
オケは札響にPMFのアカデミー生たちが若干加わった。
さて、よく分からなかったのはライナー・キュッヘルさんのヴァイオリンである。
キュッヘルさんは言うまでもなく長年ウィーン・フィルのコンマスを務められ、オーケストラプレイヤーとして音楽家として世界最高位に君臨する人である。
だからこそよく分からなかったのであるが、昨日演奏したメンコンは技術的には非常に「?」だった。やれどこそこの部分でつっかかった、とか、どこそこで音程外したとか言うのは下らない事なのだが、けして無視できるほど少なくはなかった。
ウィーン・フィルのコンマスといえども本業はオケ弾き。ソリストではないということを当然ながら考慮に入れても大きな疑問符が浮かんだ。
リハーサル日の最初の演奏は、失礼ながら手に汗握るところもあった。
それにもまして「?」なのが演奏スタイルである。
何というか・・、倍音を沢山出してふくよかに楽器を鳴らして・・という当世の演奏スタイルとは全く違い、音は固めというか、音の出し方も硬いというかなんというか・・・。
あえて例えるならハイフェッツあたりのラッパ管で一発取りした20世紀初頭の大演奏家の復刻版CDを聴いている感じである。
でも、”古い”のではなく、こういうスタイルがいまだ現役で存在しているウィーンというところはやはり凄い!、と考えるべきなのだろうか・・・
いや、そもそも相手はウィーン・フィルのコンマスである。
”下手”などということがあるわけがない・・・。「?」を感じた私の耳が腐っているということなのだろうか・・。疑問など持ってはいけないのだろうか。
しかし、もし仮に、あり得ないけど、メンコンをあの演奏で日本のプロオケのオーディションで弾いたとしたら・・・・、
いや、プロオケまで言わなくても芸大とか桐朋の受験で弾いたら・・・・
少なくとも、技術的には(あくまで技術的には)、少なくともこのレベルのソリストというのはいないわけで、しかし、聴くべきは技術を越えたところにあると、全てを超越した音楽の核心がそこにある・・・と、そういう聴き方をしなければダメなのだろうか・・・・・
しかししかし、素直に「す!凄い!」と感じるところも沢山あった。
例えば、コンチェルトを弾きながらオケに合図を出すあたりは超さすがであった。
「さあ、オマエラ、ここで出なさい」というタイミングをビシバシと作ってくる。オケはズレようがない。
それから、本番では会場を飲み込む凄いパワーのオーラというか”気”というか・・。この手のよく分からない独特のパワーを欧州のオジサン演奏家から感じ取ることはままあるのだが、キュッヘルさんのそれは超ド級と言って憚らないものがあった。さすがである。
はてさて、どう評価したものか・・・
「練習不足なんじゃない?」という声もあったが、たしかに毎年このPMFのシリーズでは、ウィーン・フィルの首席奏者様たちが繰り広げるコンチェルトは、けして充分に準備なさったとは言いがたい大らかなものが多く、その手の演奏は伴奏し慣れているわけだが、そういう演奏は得てして緊張感もなく、大喝采の会場とは裏腹にステージの上も大らかというか日常っぽい雰囲気が漂うものである。
しかし、キュッヘルさんの”気”は大らかというものではなく、非常に密度の濃いものであった。
ウィーン留学組には、ウィーンという街は勤勉とはかけ離れていて本当に彼らは練習しないんだよ。と証言する人も多いが、それはある意味私も当っているのだろうとは思うが、相手はウィーン・フィルである。世界最高峰である。
裏を返して「練習しなくても弾ける」という事なのだろうか。いや、確かに練習しなくても弾けるのだろうが、練習しないと弾けないということもあるわけで・・。
昨年ウィーンに旅行した折り、国立歌劇場でオペラの開演前の開場より早くピットに一番に出てきてずっとさらっていたのはコンマスのキュッヘルさんであった。
やはり勤勉な人なのだな・・、とその時は感心したものだが、穿った見方をすれば本番直前に慌ててさらっている、と見ることもできるわけで、結局のところ真相は分からない。
日本にも、昔有名なオケのコンマスだったとかそういう偉い経歴の人で、いわゆる”ヘタウマ”な演奏をする人はいる。
そういう人の練習してないリサイタルやコンチェルトの本番は、それはそれは酷かったりもする。
しかしまあ、そういう白を黒と言い切ってしまうような、なんというか”ムネオ的”とでも言おうか、そういうふてぶてしいおっさん演奏家の演奏も悪くはないのだが、今回のメンコンはそういう種類のとも違った。もっともっと繊細な色を醸していた。
はてさて、どう評価したものかよく分からない。謎は深まるばかりである。
お客さんの大部分はもちろん大喝采であったわけだが、中には私と同じ感想を持った人もいたのではないだろうか。
今回は日本の地方オケの一平奏者としての分際も省みず、大胆な事を書いてしまった。反応が少し心配である。
それとも、こういう「?」を事を言いだすこと自体が禁句なのだろうか・・・・
新聞や雑誌の評には昨日の演奏はどう書かれるのだろう・・・。
開場直後のウィーン国立歌劇場のオケピット(著者撮影)