前回からのつづきです。
ステレオおやじと口論している女性は、ステレオおやじの向かいに住むN島さんの奥さんでした。
このマンションの私が住む棟には3系統の階段があり、それぞれの階段の1フロアーに二世帯づつ部屋があります。
なので、ステレオおやじが住む3階にもステレオおやじ夫婦の他にもう一世帯の部屋があるのです。
ここで、私が使っている階段を共有しているメンバーをご紹介します。
1階
・ご隠居夫婦。人の良い老夫婦が住んでいます。随分と親しくさせてもらいました。子供好きな夫婦で私の子供たち(この後に一人増える)もよく遊びに行かせてもらったり、おすそ分けをしたりされたりしていました。
1階はマンションの構造の関係で1世帯のみです。
2階
・私の家族。
・社長さん家族・・50代の小さな会社の社長さん家族。ご主人は大柄でマンションの管理組合の理事長も長年している頼りになる人でした。すごい美人の奥さんと大きな子供が二人。長男は独立し、長女は同居していました。ここの家族とも親しくさせてもらいました。
3階
・ステレオおやじ夫婦
・N島さん家族・・私と同世代の医者のご主人と奥さん。小学生〜幼稚園の元気な子供が3人。賃貸で住んでいました。
さて、耳を澄まさなくても聞えてくる口論の中身はこんな感じです。
ステレオ「だから、犬はマンションの管理規約で禁止されてるんだから。飼っちゃだめでしょ」
奥さん「ですから、不動産屋さんにも確認して飼ってるんですよ。それに小さな室内犬でしょ。迷惑かけてますか?」
ステレオ「規則は規則ですからね。鳴き声だって聞こえるわけだし、他から見たらあのマンションは犬を飼ってもいい。という風になるんですよ。あなたの家が規則を守らないとマンション中が迷惑するんですよ。」
奥さん「迷惑というなら、お宅のステレオの方が迷惑ですよ。それにベランダで煙草吸うの止めてください。うちに煙が入ってきて迷惑ですよ!」
ステレオ「それは関係ないでしょ。とにかく犬は飼っちゃいけない規則だから」
私は相変わらず毎日天井から聞えてくるジャズの騒音に悩まされていましたし、N島さん一家は同世代で似た家族環境だったので、N島さんの奥さんに内心エールを送りながら口論に聞き入っていました。
確かにマンションの管理規約に犬や猫などペットの飼育を禁じた項目はあります。
どのマンションにもペット禁止の決まりはあると思います。
ですが程度問題で、分譲マンションでは小さな室内犬程度は目をつむるというケースが多いようです。
後で聞いた話しですが、ステレオおやじは東京から数年ぶりに戻ってくるなり、賃貸で住んでいたN島さんに犬の件で毎日の様に執拗に苦情を言ったりドアに張り紙をしたりしていたそうです。
この日はたまりかねた奥さんがついにキレた、ということだったようです。
結局その2〜3ヶ月後、N島さん一家はステレオおやじが原因で引っ越していってしまいました。
この事件があった2ヶ月ほど前、ステレオおやじが東京から戻ってきて初めての管理組合の総会があった時のことです。
管理組合の総会はそれまでだいたい5〜6人の人たちが出席して、あとは委任状で成立していました。
出席しているのは男性ばかりで、主に平成元年の分譲時から住んでいる世帯のお父さんたちです。
マンションの修繕箇所の相談と、あとは世間話が中心の平和な会だったのですが、ステレオおやじの復活(私から見ると出現)で雰囲気が変わりました。
ステレオおやじも分譲時からの区分所有者で、久しぶりに東京から戻ってきてやる気満々でした。修繕箇所や大規模な清掃箇所を次々と挙げていき、修繕積立て費を一気に倍額にする話しを持ち出しました。
「それはちょっと・・・」という場の雰囲気は一切無視という感じでした。
「マンションというのは管理を買っているわけだから。分譲時は三千万、四千万したこのマンションも今は見る影もない」
と言って一歩も譲りません。
確かに、分譲時に入居した世帯の人たちと中古で買って入居した世帯にギャップというか、多少の溝はありました。
バブルだった分譲時は3千数百万〜4千万円したマンションでしたが、私が入居した平成10年には1400万円まで下がっていました。
分譲時に購入した人は10年経った時点でも、ローンの残高が下手をすると当時の実売価格を上まわっているという状況だったと思います。
「おもしろくない」というのが正直なところだったのかもしれません。
しかし、「今は見る影もない」とまで言われると途中入居の私はおもしろくありません。
これからしばらく後の総会でステレオおやじが言った
「分譲時に購入した人は選ばれて入ったわけだけど、中古で購入してくる人はどんな人が入ってくるか分からないからね。マンションのルールは分譲時に入った人間で決めるべきでしょ」
というヘンテコな理屈には唖然としました。
ステレオおやじの途中入居者に対する偏見と差別は露骨で、口論していたN島さんの家の話題になったときも、誰かが「あそこのご主人はお医者さんだっけ?」という言葉にたいして、「ふんっ、勤務医だろ」と吐き捨てる様に言ったのが印象的でした。
「警察官が見回りにきた」と聞けば、「ふんっ、外事警官だろ」と言ってみたり、よく分かりません。
何でもいいからとにかく見下さないと気が済まないようです。
そしてこの後、マンションの管理組合は思わぬ方向に向かっていったのです。
【つづく】