前回からのつづきです。
さて、上階のステレオ音は相変わらず階下の私の住む部屋に鳴り響いています。
夏は窓を開けているので、天井からベース音を中心に響いてくる直接音と、駐車場を挟んで向いにある棟に跳ね返って聞えてくる反響音にダブルで悩まされました。
何故かドとソの音が強烈に聞えるベース音は
ド〜〜〜ド〜〜ソ〜〜〜〜〜ドドソ〜〜・・・ド〜ソ〜〜〜〜〜
という感じで天井を震わせています。
一方、向かいの棟はマンションの駐車場を挟んで10メートルほど離れて建っていますが、ステレオおやじは窓を開け放してステレオを聞くので、ジャズの音が駐車場内を周ってしまって大変な騒音になっています。
ステレオおやじが引っ越してきて最初にこの音は聞いた時は、すぐ隣の公園でどこかの保育園の運動会が始まったのかと思ったくらいです。
三階のN島さんの奥さんは口論の時に「ステレオうるさい」と言っていましたが、よく他の部屋の皆さんは苦情を言わずに我慢していられるな・・、と不思議でした。いや、苦情は言っていたのかもしれませんが。
実のところ、妻ともよく言い合いになったのですが、私にとって上階のステレオ音は我慢と忍耐の限界を越えていましたが、妻は「たしかにうるさいが、数年なら何とか我慢できる」と、私に比べるといささか寛容でした。
私は上階のステレオの音が聞えてくると、ステレオおやじの憎々しげに斜めに歪んだ口元を思い出さずにはいられませんでした。
実際の音もさる事ながら、「なぜ窓を閉めないんだ?」とか、「ステレオが趣味ならなぜ防音に配慮しないんだ?」と相手の身勝手を責める気持ちが、さらに音に対する許容量を低下させていることは否定できませんでした。
生活音かそれとも騒音か、という問題は非常に難しいと思いました。
ステレオおやじにはその後、廊下で会った時などに機会を見て”軽いクレーム”という感じで2度か3度苦情を言いました。
あまり頻繁だと反感を煽るだけなのでとても気を使ってタイミングを測って言ったつもりなのですがまったく逆効果で、ステレオおやじとの関係は悪化する一方でした。
ある時、会社帰りのステレオおやじと廊下で出くわし、こんな会話がありました。
挨拶につづけて、わたしは思い出した風を装ってなだめるように言いました。
私「あ、それから○○さん(ステレオおやじの名)。気を使っていただいてはいる様なのですが、最近ステレオの音量がまた大きくなったように思うんですが・・、もう少し配慮していただけると・・」
紺色のスーツ姿のステレオおやじは私が言い終わる前に低い声で話し始めました。顎を突き出すいつもの話し方です。
ステレオ「あなたの所の楽器の音も聞えてますからね。それからあなたレッスンやってるでしょ。ここのマンションはレッスン禁止だからな。」
いきなり思いがけない反撃に会い、私は戸惑いました。ステレオおやじの頭頂部にわずかに残った白髪が頼りなげにフワフワと風に揺れています。
私「レッスンといってもたまにですよ。せいぜい週に2〜3回ですよ。」
ス「週に2〜3回でも禁止は禁止でしょ。練習の音なら少しは大目に見るけど、レッスンは別だから」
私「防音室の中でやってるんですよ。そんなに迷惑かけてるとは思えませんけど・・、そこまでおしゃるならステレオの音も気をつけてください。せめて窓を閉めるとかしてもらえませんか?」
ス「音はお互い様でしょ。神経質なこと言われてもね。あなたのレッスンの音も1階の○○さん(ご隠居夫婦)の家にも聞えて迷惑してるそうだからな。」
私「○○さん(ご隠居夫婦)が迷惑だって仰しゃったんですか?、そんなはずはないんですけど」
ス「まあ、とにかく、レッスンは困るから。不特定多数の人がマンションに立ち入ることにもなるから」
ステレオおやじは斜めに引きつった薄い唇を尖らせて一気に話し終え、私の返事を待たずに去っていきました。
この人の攻撃的な性格は一体何なんでしょう、自分に対する批判は倍にして返えさないと気が済まないようです。
その方法の巧みさと執念には才能さえ感じました。
結局、苦情を言ったつもりがレッスンが禁止だと言われてしまいました。
それと、1階のご隠居夫婦が「迷惑だ」と言うはずはなく、多分老夫婦から「(楽器の音が)少しは聞えますけど」という言葉を引きだして、それを誇張したのだと思います。いかにもステレオおやじがやりそうな手法です。
それにしても、週に多くて数回程度、防音室内でのレッスンを問題にされるとは思いませんでした。「音楽教室としての使用は禁止」という管理規約は確かにありますが、それは「○○ピアノ教室」などと看板も出して、ひっきりになしに生徒が訪れる”音楽教室”としての使用は禁止なのであって、自宅として使用している部屋に時おり生徒が訪れてするレッスンを禁止したものではない、という私の理解だったのですが、ステレオおやじには通用しないようです。
レッスンに関してはまだ後日談があるので後に譲ることにします。
それから、ステレオおやじとの関係は冷えこみ、挨拶しても無視されるようになったので、こちらも挨拶しなくなりました。
妻と娘は挨拶していましたが、とても横柄に挨拶を返してくるので感じが悪いです。
その次の年、あろうことか管理組合の総会で、ステレオおやじが組合の理事長に就任しました。
その年の総会は私は仕事で出席できなかったので、後日配られた議事録で知りました。
ステレオおやじはマンションの運営にやる気満々だったので、なかなかなり手のいない理事長に就任するのは当然の成り行きだったのかもしれません。
理事長に就任してからのステレオおやじの振る舞いはさらに加速していきます。
そしてどうやら、「被害」にあっているのは私だけではなかったようで、だんだんとステレオおやじの異常な行動が浮かび上がってきました。
【つづく】