2008年08月29日

恐怖のステレオおやじ 【11】

前回からのつづきです。



季節は冬です。
上階からのステレオ音は治まるどころかますます酷くなっています。
夏は窓を空けているので外からも騒音が聞えてくる、というお話しは既に書きましたが、冬も閉鎖された空間の中で上から響いてくるジャズのズンズン音は逃げ場もなく耐えがたいものがありました。


ステレオおやじの家はクリスマスが近くなると、ベランダと窓を電飾で飾りつけます。ベランダの手摺りには半透明のホースの中に電球が入ったような物を這わせ、窓には「MerryChristmas」の光る文字が張り付けられます。
本来ならば楽しげなイルミネーションも、私の目には醜悪な我が儘の象徴に写りました。
マンションの駐車場から「いい気なものだ」と憎々しげに光る文字を眺め上げたものです。

駐車場と言えば、ステレオおやじは車の停め方がやたらと端正でした。
毎日まるで計ったように線の内側にきっちりと車を停めます。
雪かきも、自分の駐車場のエリア内を舐めるように綺麗に雪かきしていました。
どうも生活のある部分に関してはやたらと潔癖症なようです。
なにかと言えばマンション規約を持ち出すあたり、この辺の性格に由来していたのかもしれません。



さて、そんなある日のことです。
私はいつものようにチェロのレッスンをするために生徒を迎える準備をしていました。
今日は夕方に中学生の女の子のレッスンが入っています。
夕方はステレオおやじとハチ合わせる可能性があるので気が進まないのですが、スケジュールの都合で仕方のないこともありました。
ドアチャイムが鳴り、生徒とそのお母さんが定刻に来ました。
レッスンをする防音室に入るとお母さんが遠慮がちに言いました。
「あの・・、先生、このマンションに少し変わった方が住んでらっしゃいますか?」
「え? 何かありましかた?」
「実は、下の玄関のところで年配の男性の方に呼び止められて、”ここのマンションはレッスン禁止だ”って言われて・・・」

私は愕然としました。
まさか訊ねてくる生徒にそういう行動に出られるとはさすがに思いませんでした。
生徒とお母さんに「すいません、ちょっと待っててください」と言って、私は部屋から出ました。
ステレオおやじはまだ近くにいるはずです。
捕まえて厳重に抗議・・、というか怒鳴りつけてやるつもりでした。

階段を降りて駐車場に出ました。
辺りを見回しましたがステレオおやじの姿は見えません。
管理人さんが掃除をしていたので、管理人さんにステレオおやじを見なかったか訊ねました。
管理人さんは私を見て「どうかしましたか?」と不審そうに言いました。
どうやらかなり怒りの形相になっていたようです。
私は管理人さんに、「実は・・・・・」と事情を説明しました。
その時の管理人さんの困ったような諦めたような表情はよく覚えています。
きっとステレオおやじには私よりもずっと酷い目に合わされていたのだと思います。

ステレオおやじとの問題は区分所有者同士で解決するしかない問題です。
立場の弱い管理人さんに何ができるはずもありません。


ステレオおやじの姿は見つかりませんでしたが、生徒を待たせているので取合えず部屋に戻りました。
頭に血の登った状態で何とかレッスンを終わらせ、生徒とお母さんにステレオおやじに呼び止められた時の様子を詳しく聞きました。
ステレオおやじに「おいおい!」
という感じで呼び止められ、かなり嫌な口調で”注意”されたようです。

「おいお〜い、どこ行くんだ?」
「え? あの、荒木さんのお宅ですけど」
「レッスン?」
「はい・・、なの、なにか?」
「困るんだよな〜、このマンションはレッスン禁止だから」
「え?????」

という感じの会話だったようです。(敬語ではなく、かなり失礼な口調だったそうです)

生徒とお母さんには申し訳ないことをしました。さぞ驚いたことと思います。
私も立場がないです。
今日のことは謝って、もうこういう事がないようにするが、万が一また変なおやじに呼び止められたら「自分たちは荒木の友人で、彼のところに遊びに来た」と言ってもらうようにしました。
何とも情けない話しですが仕方ありません。


それにしても、今日という今日は断じて許しがたいです。
直接私に言えばいいものを生徒に、それも事情も知らない中学生の女の子とそのお母さんです。弱いもの苛めというか、卑劣極まりない行為という他ありません。
レッスンが終わり、私はステレオおやじに抗議すべくマンションの階段を登りました。
そして3階のステレオおやじの部屋のベルを立て続けに鳴らしました。


【つづく】




『ザ・マジックアワー』

ザ・マジックアワーを見てきました。
やっぱり三谷幸喜とそのスタッフはすごい。
ひとり映画館のシートにすっぽりと身を預けて、「さあ、存分に楽しませてください」と人生の中の2時間を丸投げしてしまえる安心感があります。
そして今回もその期待は裏切られませんでした。
劇中劇あり、劇中劇中劇あり・・・
わざとらしいセットも、臭い芝居も全て計算づく。
やがて観客でいる自分も劇中劇の中のレイヤーの一枚に取り込まれているような、そんな錯覚に囚われます。

アル・カポネが出てきそうなベタなノスタルジー世界と、これまたベタな人生のほろ苦さを笑いと涙で粋に綴った大人の映画に日常の煩わしさを全て忘れてどっぷりと浸れました。

金曜日まで。映画館で見るのがお薦めです。


Posted by arakihitoshi at 00:09│Comments(3)││恐怖のステレオおやじ 
この記事へのコメント
荒木先生、そんなごむたいな…。早く続きが読みたい…。う〜(笑い)。
Posted by 横尾 順 at 2008年08月29日 22:46
いいでしょ。今どき誰もやらないようなベタな続きかた・・(`▽´)
Posted by あらき at 2008年08月30日 00:39
最高なto be continuedですね。ベストセラー作家になれます。しかし、こんなご近所…事実なんですよね。オドロキです。
Posted by 横尾 順 at 2008年08月30日 14:31

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