2008年09月03日

恐怖のステレオおやじ 【13】

前回からのつづきです。



私はチェロを置いて妻から電話の子機を受けとりました。

私はつとめて無愛想に対応することにしました。いや、努力しても愛想など使えません。と言うより、礼儀や愛想などこの人には逆効果です。かえって足元を見られるだけです。
普通の電話ならば「お電話変わりました」と言うところですが、
この時ばかりは面倒くさそうに「はい」と言い捨てました。

ステレオおやじの無愛想さはさらに上手です。無愛想というより横柄と言ったほうがいいかもしれません。
「ああ、3階の○○だけども」
電話の向こうに薄い唇を尖らせて顎を突き出したステレオおやじの憎々しい丸顔が見えてきそうです。

「なにか?」
ステレオ「お宅の楽器の音さ、上に聞えてちょっとうるさいんだけど」
「それがなにか?」
「それがなにかって?」
と言うとステレオおやじはわざとらしく驚いて呆れた様に鼻で笑いました。


防音室内での楽器の音に関しては、防音室の真下のご隠居夫婦も、防音室の隣が寝室の社長さん夫婦も「ほとんど聞えない。まったくうるさくない」と言ってくれています。
ステレオおやじも数年間、レッスンに関しては苦情を言われましたが練習の音に関して何か言ってきたことはありませんでした。
今さら電話までして「うるさい」と言ってくるのは不自然です。


「いや、うるさいって言ってるんだよ。今日は朝から少し具合が悪くて寝てたんだけどさ、あなたの楽器の音が、特に一番低いG線なのかな? 響いてきてうるさいんだよ」
話し方は一応平静です。声を荒げてはいませんが憎悪に満ちています。
ちなみに一番低いのはG線じゃなくてC線なんだよ。

「うるさいっておっしゃるけど、あなたのステレオの方がずっとうるさいでしょ。私は我慢してますよ。毎日」
私も呼吸を深く保ちながら平静に話す努力を続けました。

私の話しを無視してステレオおやじは続けます。
「昨日も聞えたんだけどさ、けっこう上に響いてるんだよ。あなたの楽器の音が」
「昨日は弾いてませんけど」
「ん? 一昨日だったかな?、とにかくね。レッスンの時も響いてきてるんだよ」
また話しがレッスンになりました。
とにかく私のレッスンを執拗に攻撃してきます。

「レッスンね。あなた、こないだうちに来た客を呼び止めてレッスン禁止がどうっておっしゃったそうだけど、そういうの止めてもらえませんか?」
「レッスンは禁止なんだからそう言っただけでしょ。」
「だから、レッスン禁止じゃないでしょ。教室が禁止なんですよ。分かりませんか?」
「それは詭弁だろ。レッスンしてたら不特定多数の人がマンションに立ち入ってみなさん迷惑するんだよ。騒音以外にもそういう理由もあって規約で禁止されてるわけだから。他の住人や近所のマンションにもしめしがつかないんだよ。」
「あなたがそう思うなら私に直接言えばいいんじゃないですか? 生徒を捕まえて言うのは常識外れでしょ」
「私は、どちらにいかれるんですか?って訊いただけだよ。それで荒木さんのところって言えば、ああそうですか、って言って、その階段ですよ、って案内するわけだからね。」
「誰があなたに道案内頼みました? わざとらしい言い訳しないでもらえます?」
「言い訳じゃないんだよ。私は管理規約をきちんと守るつもりだし、理事長としてみなさんにも規約を守っていただくように注意する義務があるから」


話しは全く平行線です。
この人とは会話が成立しません。私も譲る気ありませんし、たぶん向こうもそうでしょう。

「そうですか、あなたと二人で話しても結論出ないし意味がないので、次回の総会でみなさんのいらっしゃる所で結論出しましょう」
「結論って・・、私は間違ったこと言ってませんよ。当たり前のこと言ってるだけでしょ」
「ですから、もういいです。無駄ですから。総会にはかりましょう」

次回総会でと私が言ったあたりから、ステレオおやじは呆れたようにヘラヘラ笑いながら話しています。常識知らずの困った若造だ、というニュアンスを込めているつもりなのでしょう。
ステレオおやじは「ああ、そうしたいならそうすればいい。とにかく楽器がうるさいこととレッスン禁止なことは伝えたから」と言って電話を切りました。



電話を切られた後も私は楽器の練習を続けました。
すぐに上から例の巨大なハンマーで叩いたような踏み鳴らし音が何発も聞えてきました。
ステレオやテレビならばつけ続けることもできますが、さすがにその状況下で楽器を練習しつづけるのは精神的に限界があり、15分ほどで弾くのをやめてしまいました。
その後、居間で子供とアニメのビデオを見ていると上階からはいつものように大音量のジャズがズ〜〜〜〜ンズ〜〜ンと響いてきました。
さすがに私も苛ついて、発作的に「うるせーな!ちくしょー!」と叫んで、ツッパリ棒で天井を何度か強打しました。
妻が「頼むからやめて」というので止めましたが家にはいられず子供と公園に出掛けました。


これからしばらくはステレオおやじと消耗戦になりそうです。
もともとこういう泥仕合は苦手ではありませんが、以前も書きましたがこの頃は職場では経営破綻や再建にまつわる諸々があったり、プライベートでも亡父が残した厄介ごとに追われて忙殺されていました。
この上、生活の場にまで面倒を持ち込みたくない一心でステレオおやじとのトラブルを避けてきましたが、ことここに至って看過するのが不可能になりました。
自分の生活を守るために戦う決心をする必要がありそうです。


そんなある日、マンションの駐車場で住人の一人の方と挨拶を交わしました。
マスコミ関係の会社の社長さんで、私より7〜8才年長の女性です。
センスのいいキャリアウーマン、という感じの素敵な方です。実は札響も大変お世話になっている会社で、仕事上のお付き合いもあり、その方のことは以前から存じあげていました。仮にKさんとします。

挨拶を交わしたのは夕方の帰宅時間です。
ステレオおやじと違ってお互いに多忙な身の上です。マンション内で顔を合わせることはめったにないのですが、その日は偶然お互いに時間があったので、仕事上のことなど立ち話になりました。
やがて話題が移り、「実は上階の変なおじさんのことでほとほと困ってて・・」
と話しがステレオおやじに及ぶと、Kさんは「それって○○さん?」と言って急に表情を強ばらせました。

そして、Kさんが私にした告白はあまりに衝撃的な内容でした・・。

耳を疑うその告白とは、

【つづく】

Posted by arakihitoshi at 01:34│Comments(9)││恐怖のステレオおやじ 
この記事へのコメント
たいへんだ 荒木さん がんばれー!

「K原さんが私にした告白はあまりに衝撃的な内容でした・」
次回は いつですか?
Posted by 藻岩山 at 2008年09月03日 18:06
どうもどうも(^^)

読み返してみましたが、いよいよ読むに耐えない状況になってますね(苦笑)。
でもホントにすごかったです。ステレオおやじは。
Posted by あらき at 2008年09月04日 00:01
ここで、続くですか…。作家あらき先生、毎回ですが「そんなせっしょうなー」。明日から出張でびーたなので、チェックできないのがせつない!(笑い)。でも本当に大変だったんですね。実話なんですよねー。
Posted by 横尾 順 at 2008年09月04日 00:06
あ゛〜〜〜〜、そんな終わり方〜〜〜。

ホントに出版しましょうよ。
そしてドラマ化をはかり、あらきさんは印税で左うちわで暮らす、と。

印税でそのマンション丸ごと買っちゃう!
理事会も牛耳っちゃう!

そういうのはいかがでしょう!?
Posted by Traviata at 2008年09月04日 01:01
先生、ご無沙汰しています!
「恐怖のステレオおやじ」ハラハラドキドキで読ませていただいています。
マンション住人の私としては自分の事のように、ドキドキします。
明日は我が身・・・です。
賃貸なら引っ越しもできますが、購入してる場合はそう簡単にはいかないですからね。

私はマンションに住み始めてからの趣味が「ガーデニング」に「チェロ」だったのですが、どちらもマンションには合わない趣味なんですよね。
でも、細心の注意をはらっているので、幸い苦情を言われたことはないです。

「続き」が楽しみですが、想像すると怖いです!
Posted by mizumaru at 2008年09月04日 10:39
横尾さん>せっしょうな続き方は、エピソードが豊富なお蔭で苦労しないで設定できます。これもステレオおやじのお蔭です(笑)。

Traviatasさん>そうですね。印税はともかくマンションを丸ごと買ったとしたら、理事会牛耳るよりも、建物を丸ごと発破解体ですね。
ステレオおやじには発破解体の30秒前に電話で知らせて逃げてもらいます(笑)。

mizumaruさん>おひさしぶりです(^^)
mizumaruさんがいらしてた頃にもステレオおやじは既にいました!
あの頃はまだそれほど事態が深刻化してませんでしたが。
>明日は我が身
う〜ん、たしかにそうですが、ステレオおやじほどの爆キャラはそうはいないような気が・・。
Posted by あらき at 2008年09月05日 01:37
お久しぶりです。
腹たちますねーー!!
一気読みさせていただきましたが、
ムカムカしてしまったのと同時に、
札幌に引っ越していった元生徒の話を思い出しながら読んでいました。

札幌に移り住み数年後、
念願のピアノ室も作ったんですよ!(当然防音付き)と
新築に引っ越したばかりの話を聞いておりましたが、
わずか1年ちょっとで引っ越していきました。

家の前にゴミを置いて行ったり、ドアをドンドン叩いたり(床をドンっ!の
代わりですね)その他もろもろの日々で、お母さん半分ノイローゼに
なりかけて、耐えかねたそうです。

ああひどい・・・



Posted by ゆきうさぎ at 2008年09月05日 08:59
ホームズ!

しばらく振りだね〜。
このステレオおやじシリーズ、毎回楽しみに読んでいるよ♪
手に汗握ってね(笑)

君の住所がたびたび変わっていたのには、こんな事件が起こっていたからだったんだね。

いや〜、続きを楽しみにしているよ。
おやじシリーズじゃない時は、読まないことにしたから、
いっぱい書いておくれ。

では、次回を待ちわびて。紅茶とスコーンの用意は万端だよ。

ワトソンくんより
Posted by ワトソンくん at 2008年09月05日 20:33
ゆきうさぎ>どもども、久しぶりです。
そうですかー。元生徒さん大変でしたね。
やはり楽器やってると騒音トラブルに合う確立は格段に上がりますね。
その人にもブログで綴ることを薦めてあげたいです。かなりスッとします(笑)。


ワトソンくん>
なかなか大変な事件だったよ。ワトソンくん。
キミが書いた回顧録も世界で大ヒットしたが、ボクの事件簿もなかなかのものだと思わないかい?
続きを書いたから楽しんでくれたまえ。

おっと、スコーンの食べ過ぎに注意したまえよ!
Posted by あらき at 2008年09月06日 09:10

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