前回からのつづきです。
渋々了承したステレオおやじは口元を斜めに歪めて憮然と腕を組みました。
そして壁に寄りかかって黙ってしまいました。
「そこまで言うならご勝手にどうぞ」とでも言いたげな態度です。
Bさんがそれを見て進行を引き継ぎました。
「議案書の”その他”っていうのは、ペットと楽器の教室の件なんですけどね。いろいろトラブルも起きてるみたいだから、ここらで話し合っておいたほうがいいと思うんですよ」
Bさんが言い終わっても誰もなにも言いません。会場は静まり返っていました。
当事者としての責任もあるし、私が最初に発言することにしました。
私「ペットの話しからいきますか?、教室からいきますか?」
Bさん「そうね。まずペットからいこうか」
そこでステレオおやじが低い声で急に話しはじめました。
「ペット飼育は禁止ですよ。管理規約にもありますからね」
Bさんがそれに応えます。
「いや、だから○○さんさ、それじゃ話し合いにならないんだって。区分所有者の方が既に飼っているペットはどうするの?」
ステレオ「それはその方が判断すればいいことでしょ。そこまで考えてあげる必要ないんだよ」
それを聞いて新しく理事になった人が言いました。仮にTさんとします。Bさん寄りの穏健な意見です。
Tさん「でも規約にはどこまでが禁止とも書いてないしね。ハムスターはどうなの?とかなってくると、Kさんとこみたいな室内犬だってある程度大目にみていいんじゃないかな」
Bさん「そうなんだよな。管理規約は非常識を縛るためのものだから、常識的にやってる人まで縛っちゃうのは問題でしょ」
それを聞いてステレオおやじはせせら笑いながらいいました。
興奮してだんだんと顎が前に出てきています。
ステレオ「ハムスターや金魚はどうかしりませんよ。でも犬や猫は禁止に決まってるでしょ。一軒どこかでペットを飼っている家があったら周りの住人からも、ああ、あそこのマンションはペット飼っていいんだな、と思われるんですよ」
私も少し言わせてもらうことにしました。
私「周りの住人って誰ですか? ○○さん(ステレオおやじ)よくそういう事おっしゃるけど、周りからはそんなに注目されてないと思いますよ。私もBさんやTさんと同意見ですね。管理規約のペット禁止条項は、例えば大型犬を廊下で徘徊させるとか、そういうことされた時のためにあるんだと思いますよ。それよりも○○さん(ステレオおやじ)がKさんにしてる嫌がらせの方が問題でしょ」
若造で新参者の私に言い返されてステレオおやじは不快感を隠しません。
耳から頭にかけて、もともと色白の肌が僅かに紅潮しています。
ステレオ「私がいつ嫌がらせしたの? なに言ってるんだ、あなたは」
私「毎日訊ねて行ったり、貼り紙するのは嫌がらせでしょ。違いますか?」
ステレオ「違いますよ。私は理事長として禁止だから禁止と言いにいっただけだよ」
私とステレオおやじが言い合いになりそうになったので、Bさんが割って入りました。
Bさん「まあ、いろいろあるけどさ、Kさんの意見も聞いてみましょうよ。Kさんはどう思われますか? 」
ステレオおやじに追い出されたり、自主的に引っ越したりしてしまって、今ではペットを飼っているのはKさんだけになっていました。
Kさんはずっと黙っていましたが、Bさんに訊かれて「お任せします」という内容のことを小さく一言いって、あとはまた黙ってしまいました。
この件では本当にイヤな思いをしたのだと思います。
Bさんは総括のタイミングと判断したようで、「まあ、いろんな意見もおありだと思いますけど、一応ペット禁止と書いてはあるし、賃貸で入ってくる人もいるわけだから、今まで飼ってた方にかんしては問わないけど、これから新しく飼うのは止めてもらうってことにしたいけど、どうですか?」
多分、この結論はTさんたちと事前に示し合わせていたのだと思います。
みなさん頷くなどして同意の意思を見せました。
ステレオおやじは不服そうな顔をして上を向いて、また壁によりかかりました。
Bさんはつづけます。
「次に、楽器の教室の件なんだけど、これに関しては荒木さんに説明してもらおうかな」
私はいままでの経緯や、防音室を入れて練習やレッスンをしていることをかい摘まんで説明しました。
Bさんは「まあ、トラブルもあったみたいだけど、荒木さんのところのレッスンに関しても認めたいと思うんだけど、どうでしょう」と言いました。
ステレオおやじがすかさず反論しました。
「それは違うでしょ。さっきの犬の件じゃないけど、やはり規約で禁止されているものは禁止でしょ」
私「ですから、さっきも説明したでしょ。私は住居として使用してるんですよ。それに周りに音もほとんど漏れてないでしょ」
ステレオ「だから、住居でレッスンするのが禁止なんだよ。」
私「それっていいがかりじゃないですか?。私がレッスンしてあなたに迷惑かけてますか?、」
ステレオ「迷惑ですよ。誰がマンションに入るか分からないわけだし、音だって聞えますからね」
私「音ならあなたのステレオの方がよっぽど問題でしょ。みなさんそう思いませんか?」
そこでBさんがまた仲裁に入ります。
Bさん「まあ、ちょっと。みなさんの意見も聞いてみましょう」
ここで促されて何人かの方が意見を言いました。
下の階のご隠居さんは私に同情的でした。というか、ステレオおやじに同情的な人はいないように見えました。ご隠居さんの意見は住人達の代表的な意見でした。
ご隠居「まあたしかに教室禁止とはあるけどね。○○さんのおっしゃるように、一切例外ありません、としちゃうと、例えば近所の子供を何人か集めて勉強を教えるとか、そういうのも出来なくなっちゃうわけでしょ。私は常識的な範囲でならいいと思いますよ。私の部屋は荒木さんの真下だけど、騒音と思うほど音も聞えてこないし。」
以前、ステレオおやじに「下の階のご隠居さんも、楽器の音に苦情を言っている」と私に言ったことがありました。
そのことを追求してやりたいとも思いましたが、既にみなさん充分ご存じだと思ったので止めておきました。
さて、説得力のあるご隠居さんの語り口に雌雄が決すると思ったのですが、ステレオおやじは怯みません。
ステレオ「まあ、○○さん(ご隠居)のおっしゃるような意見もありますけどね、荒木さんの場合は、お金を取って教室として定期的にやってるわけだから、これは禁止事項ですよ。それこそ賃貸とか新しく入ってくる人に示しがつかないですからね」
「お金取ってるか取ってないかなんて、いちいちあなたに報告してませんよ」という私の言葉を無視してさらにステレオおやじは続けます。
「分譲時にはこういうトラブルはあんまり無かったんだけどな、やはり年数経っていろんな人が入ってくると変わってきますからね。分譲時の住人っていうのは選ばれて入ってますけど、途中から入ってくる人は選べないから。どんな人が入ってくるか分からないから、しっかり規約を運用していかないとダメなんですよ」
ステレオおやじ独特の論調です。
これを言う時はステレオおやじは決まって薄い唇を尖らせて、顎を出し気味に話します。
ここまで言われては私も黙っていられませんので言わせてもらいました。
私「誰が誰を選ぶんですって?」と言って怒りを超えて苦笑が漏れました。
さらに続けます。
「ご自分のことは棚に上げて、規約規約っておっしゃるけど、あなたのステレオ騒音は明らかに規約違反ですよ。テレビやステレオの音量を著しく上げてはいけない、って書いてますからね。ベランダに大量に植えてる植物だって規約違反ですよ。土砂搬入禁止ってあるでしょ。それからクリスマスに窓に飾ってる電飾も禁止ですよ。窓等に文字を書いてはいけない、って規約にありますから。」
ステレオ「それは論点のすり替えでしょ」
私「すり替えじゃないんですよ。あたながナンセンスな事言ってるのを例え話で説明してるんですよ。」
こう言っている間もステレオおやじは興奮を隠すようにせせら笑ったり、隣にいる管理会社の人に用も無いのに話しかけたりして、まともに話しを聞いていません。
私「それから、○○さん、私のところに来た客を呼び止めて、”レッスン禁止だぞ”とか言うの止めてくださいね。・・そういう事するんですよ。この人。」
ステレオ「だから、私はただ単に”どちらにいかれるんですか?”って訊いただけでしょ。それで”荒木さんのところです”って言ったら私は、”ああそうですか、その階段ですよ”って言いますよ。」
私「ですから、あたなに道案内頼んでませんって。・・まったく、こういう人が一人いるだけで本当にマンション全体がギクシャクしてしまいますね・・」
これを聞いてステレオおやじは「なんだと!」と言いそうな勢いで腰を浮かせました。
そこでBさんが「まあ、教室に関しても、新しく”なんとかピアノ教室”みたいにさ、看板掲げてやられるのは排除しないとならないんだけど、荒木さんのレッスンに関しては組合として認めるっていうことでどうだろうか」とまとめに入りました。
みなさん、頷いたり、「異議無し」と言ったりして一通り話しは終わりました。
Bさんはステレオおやじに向かってなだめる様に言いました。
「そういうことだから、○○さんもね、まあ今後は、Kさんのとこに貼り紙したりさ、荒木さんの生徒さんに声かけたり、そういのはなしっていうことでいいですか?」
かなり気を使った口調でした。
ステレオおやじはそれに対して、
「私は私の考えで今後もやらせてもらいますよ。もう理事長でもありませんしね。Bさんからとやかく言われる筋合いはありませんから」
と憮然と言い放ちました。
これには一同言葉を失いました。
一体全体、なんという神経の人なんでしょうか。言葉もありません。
本当はステレオの音量のことも糾弾したかったし、他にもいろいろと言ってやりたいtことは山ほどありました。
しかし、マンションの管理組合は所詮”ご近所”の繋がりでしかありませんし、当然ながら基本姿勢は『事なかれ』です。これは責められないことだと思います。
そういう中にあって、私とステレオおやじのトラブルは住人たちにとって、単なるはた迷惑な話しでしかないと思います。
にも関らず、Bさんや理事の方は本当によく親身になってくれたと思います。
さて、総会が終わってからまた日常が続くわけですが、総会で一応結論が出た後、私たちの生活はどうなったのか、それは次回の話しとします。
【つづく】